情報提供 TKC税務研究所
税法話題の判例紹介 ◆ 平成29年6月・通巻第214号
相続開始時に意思無能力であった者も相続税の申告書提出義務を負い、相続税法35条2項(更正及び決定の特則)の適用があるとした事例

【文献番号】 28111517
【文献種別】 判決/最高裁判所第二小法廷(上告審)
【裁判年月日】 平成18年7月14日
【事件番号】 平成17年(受)第883号
【事件名】 求償金請求事件
【判示事項】
1. 相続税法27条1項は、相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提とした規定か(積極)。
(要旨文献番号:60068364)
2. 意思無能力者と「その相続の開始があったことを知った日」(相続税法27条1項)。
(要旨文献番号:60068365)
3. 法定代理人又は後見人の不存在と意思無能力者の相続税申告書の提出義務。
(要旨文献番号:60068366)
4. 相続税法35条2項1号の規定の趣旨。
(要旨文献番号:60068367)
5. 相続税法35条2項1号の規定は意思無能力者に対しても適用されるか(積極)。
(要旨文献番号:60068368)
6. 他の共同相続人の相続税を納付した者の事務管理に基づく費用償還請求を直ちに否定することはできないとした事例。
(要旨文献番号:60068369)
【裁判結果】 一部破棄差戻、一部却下
【参照法令】 相続税法35条
民法697条、702条



《本判決の解説》

1. 事案の概要
(1)  Aは昭和62年9月8日に死亡し、相続人はAの妻B、AとBとの間の子であるC、D、E及び被上告人ら(Bと子ら11名の合計12名)であった。
(2)  Bは、A死亡のころには、意思無能力であった。
(3)  相続人らは、Aの遺産の分割について協議をしたが、成立には至らなかった。
(4)  Cは、昭和63年3月、Aの遺産の相続に係る自らの相続税の申告をするとともに、Bに代わって、Bの相続税の申告(本件申告)をした。
 本件申告によれば、課税価格は、相続人各人の合計が7億407万4000円、Bの分が1億8795万7000円であり、相続税の総額は2億6048万7100円、Bの納付すべき税額は6953万8500円であった。
 Cは、本件申告に基づき、B名義で借入れた金員をもって、同月8日、Bに代わって、Bの相続税6953万8500円を納付した(本件納付)が、被上告人らは、本件申告及び本件納付について同意をしたことはなかった。
(5)  Bは昭和63年9月28日に死亡し、相続人は、前記Bの子ら11名であった。
(6)  Cは平成5年7月1日に死亡し、上告人は、Cの本件納付に係る債権を相続した。
(7)  上告人は、被上告人らに対し、主位的に、民法650条1項所定の委任契約に基づく費用償還請求として、予備的に、同法702条1項所定の事務管理に基づく費用償還請求として、本件納付に係る相続税6953万8500円の一部である6953万円の11分の1に当たる632万909円ずつの支払等を求めて、本件訴えを提起した。

2. 原審(名古屋高裁平成17年1月26日判決)の判断
 主位的請求を棄却するとともに、予備的請求について、次のとおり判断して、これを棄却した。
(1)  相続税法(平成4年法律16号改正前)27条1項によれば、相続税の申告書の提出義務は、自己のために相続が開始したことを知った日に発生するところ、相続税法基本通達(平成15年6月24日付け改正前)27−4によれば、意思無能力者については、後見人が選任された日から申告書の提出義務が生ずるものと解されるから、A死亡のころには意思無能力であり、後見人が選任されることもなかったBには、申告書の提出義務は発生していなかったものであり、そして、相続税法35条2項1号は、意思無能力者には適用されないと解されるから、Aが死亡した日の翌日から6か月後の日である昭和63年3月8日の経過後に、Bの相続税の申告書が提出されないままであったとしても、税務署長が同号に基づいて税額を決定することはなかった。
(2)  そうすると、本件申告は、Bの利益にかなうものであったと認めることはできず、かえってBに納税義務を生じさせるという不利益なものであったと認められるから、上告人は、本件納付について事務管理に基づく費用償還請求をすることはできない。

3. 本判決の判断
 原審の予備的請求についての判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)  相続税法27条1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者について、納付すべき相続税額があるときに相続税の申告書の提出義務が発生することを前提として、その申告書の提出期限を「その相続の開始があったことを知った日の翌日から6月以内」と定めているものと解するのが相当である。
(2)  上記の「その相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日を意味し、意思無能力者については、法定代理人がその相続の開始のあったことを知った日がこれに当たり、相続開始の時に法定代理人がないときは後見人の選任された日がこれに当たると解すべきであるが(相続税法基本通達27−4(7)参照)、意思無能力者であっても、納付すべき相続税額がある以上、法定代理人又は後見人の有無にかかわらず、申告書の提出義務は発生しているというべきであって、法定代理人又は後見人がないときは、その期限が到来しないというにすぎない。
(3)  相続税法35条2項1号は、同法27条1項又は2項に規定する事由に該当する場合において、当該相続の被相続人が死亡した日の翌日から6か月を経過したときは、税務署長はその申告書の提出期限前でも相続税額の決定をすることができる旨を定めており、これは、相続税の申告書の提出期限が相続人等の認識に基づいて定まり、税務署長がこれを知ることは容易でないにもかかわらず、提出期限の翌日から更正、決定等の期間制限(平成16年法律14号改正前の国税通則法70条)や徴収権の消滅時効(平成14年法律第79号改正前国税通則法72条1項)に係る期間が起算されることを考慮し、税の適正な徴収という観点から、国税通則法25条の特則として設けられたものであり、このことに照らせば、相続税法35条2項1号は、申告書の提出期限とかかわりなく、被相続人が死亡した日の翌日から6か月を経過すれば税務署長は相続税額の決定をすることができる旨を定めたものと解すべきであり、同号は、意思無能力者に対しても適用されるというべきである。
(4)  そうすると、本件申告時において、Bに相続税の申告書の提出義務が発生していなかったということはできず、昭和63年3月8日の経過後においてBの相続税の申告書が提出されていなかった場合に、所轄税務署長が相続税法35条2項1号に基づいてBの税額を決定することがなかったということもできないから、本件申告に基づく本件納付がBの利益にかなうものではなかったということはできず、上告人の事務管理に基づく費用償還請求を直ちに否定することはできない。
(5)  以上によれば、税務署長が税額を決定することがないことを前提とする原審の予備的請求に関する判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、上告受理申立の論旨は理由があり、原判決の予備的請求に関する部分は,破棄を免れないため、C自身がBの相続税納付のための費用を支出したといえるのかどうか等、事務管理に基づく費用償還請求権の成否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 なお、主位的請求に関する上告については、上告人は上告受理申立て理由を記載した書面を提出しないから、これを却下することとする。
  =一部(予備的請求)破棄差戻、一部(主位的請求)却下=

4. 本判決に対するコメント
(1)  Bの申告納税義務と費用償還請求権の成否
 事務管理の効果として生じる費用償還請求権が成立するためには、@他人の事務であること、A他人のためにする管理の意思、B義務なくして管理すること、及びC本人の意思又は利益に反することが明らかでないこと、がその要件であると解されている(武川幸嗣「意思無能力者に代わって相続税を申告・納付した者の事務管理に基づく費用償還請求権」私法判例リマークス36号44頁参照)ことから、予備的請求の当否、すなわち、Cの要件の充足(Cがした本件申告及び本件納付がBの不利益といえるか否か)の判断の前提として、Bの本件相続に係る相続税の申告書の提出義務の有無及び相続税法35条2項1号適用の可否が争点となっていたものである。
(2)  意思無能力者と相続税の申告書の提出義務
 民法3条1項は「私権の享有は、出生に始まる。」と規定しているから、意思無能力者を含め、すべての人間は出生により権利・義務の主体となり得る地位・資格(権利能力)を有することになり、そして、相続又は遺贈(死因贈与を含む。)(相続等)により財産を取得した個人は、相続税法の定めるところにより、相続税の納税義務を負うことになる(同法1条の3)から、相続人又は受遺者(相続人等)は、意思無能力者であったとしても、相続税法の定めるところにより、相続税の納税義務を負うことになる。
 この相続税の納税義務は、相続等による財産の取得の時に成立するとされ(国税通則法15条2項4号)、その納付すべき税額の確定については、相続人等(納税者)のする申告により確定することを原則とする申告納税方式が採用されており(同法15条1項・16条、相続税法27条1項)、相続人等がその申告・納税をしないで死亡した場合には、その相続人等の相続人等がその申告・納税の義務を承継するとされている(国税通則法5条1項)。
 そして、相続税法27条1項の規定の文理は、「相続又は遺贈・・により財産を取得した者は・・相続の開始があったことを知った日の翌日から6月以内に申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。」というものであり、この文理からは、同項の規定は申告書の提出期限を定めたものと解するのが相当であり、また、同項の規定により申告書を提出すべき者が当該申告書の提出期限前に当該申告書を提出しないで死亡した場合には、その者の相続人等は、その相続の開始がであったことを知った日から6月以内に、その死亡した者に係る同項の申告書を提出しなければならないとされている(同条2項)ことからは、意思無能力者も相続税法27条1項所定の申告書の提出義務があると解されることになる(相続税の申告書の提出義務が生じないとすると、その承継もおよそ生じ得ないことになる。)(無署名「意思無能力者に代わって相続税を申告し納付した者の事務管理に基づく費用償還請求を棄却した原審の判断に違法があるとした事例」判例時報1946号46頁参照)。
(3)  意思無能力者と相続税法35条2項1号の適用
 相続税法35条2項1号の規定は、同法27条1項又は2項に規定する事由に該当する場合において、同条1項に規定する被相続人が死亡した日の翌日から6月を経過したときは、税務署長は、申告書の提出期限前においても、その課税価格又は相続税額を決定することができるとするものであり、そして、上記(2)のとおり、意思無能力者も相続税法27条1項又は2項の規定による申告書の提出義務を負っているから、相続により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える等、これらの項の規定に該当する場合には、意思無能力者であっても、相続税法35条2項1号が適用されることになる。
(4)  本判決について
 以上のとおりであるから、@意思無能力者であっても、納付すべき相続税額がある以上、法定代理人又は後見人の有無にかかわらず、申告書の提出義務は発生しており、法定代理人又は後見人がないときは、その期限が到来しないというにすぎない、A相続税法35条2項1号は意思無能力者に対しても適用される、とした本判決の判断(前記3(2)・(2))は正当なものといえる。
 本判決は、相続税法27条1項、35条2項1号及び相続税法基本通達27-4(7)の解釈適用について最高裁が判断を示したものであり、今日、「両親の一方が死亡した場合に、他方が既に意思能力を欠く状態にあることは珍しいことではなく、子供の一人が、意思能力を欠く親に代わって相続税を申告・納付することも少なくないと思われる」(石黒清子「意思無能力者に代わって相続税を申告し、納付した者の事務管理に基づく費用償還請求の可否」判例タイムズ1245号58頁)ところであり、現行法の下でも妥当するものとして、実務上、参考となる。



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