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《書 誌》
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【文献番号】 26012610
【文献種別】 裁決/国税不服審判所
【裁決年月日】 平成24年 7月 3日
【裁決事項】 1. 代物弁済の予約の可否(積極)。
(要旨文献番号:66015216)
  2. 代物弁済による対象物の所有権移転時期。
(要旨文献番号:66015217)
  3. 自動車の所有権移転があったことを第三者に対抗するためには、その旨の登録をしなければならないか(積極)。
(要旨文献番号:66015218)
  4. 滞納法人に所有権がない自動車を差し押さえたことに帰着するとして、差押処分が取り消された事例。
(要旨文献番号:66015219)
  5. 自動車に係る差押処分後の登録をもって、処分庁に対して、自己に所有権があることを主張することができるとした事例。
(要旨文献番号:66015220)
【裁決結果】 取消
【掲載文献】 裁決事例集88集413頁
【参照法令】 国税徴収法47条
国税徴収法71条
民法482条
【評釈等所在情報】 〔日本評論社〕
旬刊速報税理32巻15号41頁
6 国税徴収法関係 事例20 差押財産の帰属〈裁決事例集(平成24年7月~9月分)(資料)〉
【全文容量】 約25Kバイト(A4印刷:約14枚)




 《全 文》

【文献番号】26012610  

平成24年7月3日裁決
《裁決書(抄)》


1 事実
(1)事案の概要
 本件は、原処分庁が、F社(以下「本件滞納法人」という。)が納付すべき滞納国税を徴収するため、本件滞納法人に所有権があるとして行った自動車(以下「本件自動車」という。)に対する差押処分に対し、審査請求人(以下「請求人」という。)が、本件自動車の所有権は請求人にある旨主張して、同処分の全部の取消しを求めた事案である。
(2)審査請求に至る経緯
イ 原処分庁は、平成21年10月26日、同年11月24日、平成22年3月25日、同年5月19日、同月21日及び同年6月22日に、本件滞納法人の滞納国税について、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、本件滞納法人の納税地を所轄するG税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
ロ 原処分庁は、平成23年3月15日付で、本件滞納法人に係る滞納国税を徴収するため、本件自動車に対する差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ハ 請求人は、本件差押処分を不服として、平成23年5月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月30日付で、棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の本件差押処分に不服があるとして、平成23年7月7日に審査請求をした。
(3)関係法令
 別紙記載のとおりである。
(4)基礎事実
イ 請求人は、本件滞納法人の代表者H(以下「代表者H」という。)の実父であるJと婚姻関係にあり、平成21年8月31日にc市d町へ一旦転出するも、平成22年5月31日に現住所に再度転入して現在に至っている。
ロ 道路運送車両法(以下「車両法」という。)第22条に規定する、登録事項その他の自動車登録ファイルに記録されている事項を証明した書面である「登録事項等証明書(現在記録)」によれば、本件自動車は、「自動車登録番号」欄に「○○○○」、「初度登録年月」欄に「平成15年11月」、「車名」欄に「e自動車」及び「車台番号」欄に「○○○○」として登録されている自動車である。
ハ 本件自動車の平成23年3月16日付「登録事項等証明書(現在記録)」には、「所有者の氏名又は名称」欄に「K社」及び「登録年月日/交付年月日」欄に「平成20年3月○日」と記載されている。
ニ 本件自動車の平成24年5月18日付「登録事項等証明書(現在記録)」には、「所有者の氏名又は名称」欄に「D」及び「登録年月日/交付年月日」欄に「平成24年4月27日」と記載され、また、同日付の「登録事項等証明書(保存記録)」によれば、K社から請求人に本件自動車の名義の移転登録がされている。
ホ 本件自動車の差押えについては、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第71条第1項で準用する同法第68条第3項の規定に基づく車両法第6条第1項に規定する自動車登録ファイルへの登録はされていない。
ヘ 本件自動車について、平成20年3月1日に売主をL社、買主を本件滞納法人とする売買契約がされている。また、請求人が本件自動車の所有権を取得したと主張する平成21年8月31日までは、他に本件自動車の所有権を移転させる行為は認められない。
(5)争点
イ 争点1
 本件自動車に係る代物弁済の予約の合意及び代物弁済の予約実行の合意(以下、代物弁済の予約実行の合意を「本合意」という。)はあったか否か。
ロ 争点2
 仮に、争点1の本件自動車に係る本合意があった場合に、請求人は所有権の取得を原処分庁に主張できるか否か。


2 主張
(1)請求人
 本件自動車は、平成20年2月29日に請求人が本件滞納法人に貸し付けた2,000万円で本件滞納法人が購入したものであるが、当該貸金債権の弁済ができなかった場合に備えて、同年3月5日に請求人と本件滞納法人との間で本件自動車を担保とする合意がされ、併せて、本件滞納法人が自由に処分できないようにするために、K社名義での登録がされた。
 そして、請求人は、平成21年5月頃に本件滞納法人に当該貸金債権の弁済を求めたが全く返済がなかったことから、3か月以内に全額返済するよう求め、その期間内に完済しない場合には、本件自動車等を引き上げる通告をし、請求人と本件滞納法人との間で、同年8月31日に、約束どおり担保権の実行としての合意がされ、本件自動車を本件滞納法人からa市b町○-○の請求人の自宅の1階倉庫に引き上げ、本件自動車の鍵を自ら保管し、Jに本件自動車を管理させることで、請求人は、本件自動車の所有権を取得し、なおかつ本件滞納法人は、本件自動車の名義をK社から請求人にすることを約束し、いつでも名義を請求人に変更できる状態になっていた。
 しかるに、原処分庁は、平成23年3月15日に本件差押処分を行ったのであり、請求人の所有権を侵害したものである。
 そして、平成24年4月27日、請求人は、自己の所有権に基づき本件自動車の登録名義をK社から請求人の名義に移転登録したのである。
 したがって、本件自動車は差押時には請求人に所有権があり、その後に名義登録も得たのであるから、本件差押処分は、差押対象財産の帰属判断を誤った違法な処分であり、取り消されるべきである。
(2)原処分庁
 本件差押処分は、請求人が本件自動車の所有権についての登録をする前の平成23年3月15日になされたものであり、本件差押処分が行われたときには本件自動車の所有権は本件滞納法人にあったのであるから、適法な処分である。
 請求人と本件滞納法人とが交わした「金銭貸借契約書」と称する書類(以下「本件契約書」という。)には、作成日や返済期日の記載がなく、返済がない場合にe自動車とf自動車を貸付金2,000万円の担保とするとの記載はあるが、担保とするe自動車とf自動車が具体的に特定されておらず、さらに、確定日付がないため実際にその日に存在していたかも立証できない文書であるから当該契約書は全く証拠能力のないものといわざるを得ない。
 そして、請求人が貸付時に作成したとする当該契約書の記載内容(貸付額2,000万円、貸付日は平成20年3月5日)と本件滞納法人の平成19年3月1日から平成20年2月29日までの事業年度における会計処理(代表者借入金1,900万円、借入日は平成20年2月29日)とが、借入日や借入金額において相違し、当該貸付金のために平成20年2月29日に請求人のM銀行本店の普通預金口座(以下「請求人口座」という。)から出金した2,500万円の原資については、同月8日に本件滞納法人名義のN信用金庫a支店の普通預金口座(以下「本件滞納法人口座」という。)から1,020万円が出金され、同日1,200万円が請求人口座に入金され、また、その他に本件滞納法人口座から、同月28日に100万円、同年3月3日に100万円がそれぞれL社へ振込入金されている。これらのことは、本件自動車の購入資金全額を請求人が提供したとする請求人の主張とは相違するものであり、かつ、本件滞納法人の平成19年3月1日から平成20年2月29日まで、平成20年3月1日から平成21年2月28日まで及び平成21年3月1日から平成22年2月28日までの各事業年度(以下、順次「平成20年2月期」などといい、これらの事業年度を併せて「本件各事業年度」という。)の法人税申告書に添付した決算報告書には、請求人から借り入れたとする金額の計上はないのである。
 以上のことから、請求人の本件滞納法人に対する債権存在の証拠である本件契約書には証拠能力がなく、貸付金の原資についてもその出所が不明確で当該貸付金が本件滞納法人の元帳の借入金勘定に記載されていないなどからすれば、請求人が本件滞納法人へ貸し付けたという事実は認められないのであるから、「担保の実行により権利を取得した」とする請求人の主張には理由がない。
 また、本件自動車は、車両法による登録を受けている自動車であり、同法に基づき登録をした自動車の所有権については、通常の動産とは異なり、「占有」ではなく、「登録」が公示手段であり、公の登記簿への「登記」を公示手段とする不動産と同一の公示方法によるとされており、そして、自動車登録ファイルへの「登録」が所有権の得喪並びに抵当権の得喪及び変更の公示方法であることは、車両法第5条第1項、自動車抵当法第5条第1項に規定されているとおりである。
 したがって、本件差押処分時において所有権の登録のない請求人が本件自動車を自己の所有であると主張することはできず、また、差押えは、滞納者の特定財産の法律上の処分を禁止するものであり、差押え後になされたK社から請求人への所有権の移転登録は、差押え後における財産の譲渡等の処分であり、本件差押処分には対抗できない。


3 判断
(1)認定事実
 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
イ 担保に関する契約について
(イ)請求人の自署・押印及び本件滞納法人の社判・社印の押印がある本件契約書には、その第1条において、請求人が本件滞納法人に2,000万円を貸し付けたこと、その第3条において、貸付金の返済がない場合は、e自動車とf自動車を貸付金2,000万円の担保とする旨の記載がある。
 また、2008年3月5日の日付の入った手書きで作成され、請求人及びHの自署・押印並びに本件滞納法人の社判・社印の押印がある文書にも、「代表者Hに対し2,000万円を車の代金として貸し、返済しない場合には、e自動車とf自動車を貸付金の代わりに貰う」旨の記載がある。
(ロ)請求人は、当審判所に対し、代表者Hがレストランの展示用として車を買いたいので資金を貸してくれとの申出があったので、その資金2,000万円を貸し付けた旨、また、本件契約書は、お金を貸した頃作成した旨答述している。
(ハ)平成23年11月25日付で代表者Hが請求人宛に提出した「証明書」と題する書面には、「本件滞納法人の展示用自動車購入のために請求人から2,000万円を借り入れ、本件自動車を購入した」旨の記載及び同人の自署・押印がある。
ロ 本件自動車の購入原資について
(イ)請求人口座の預金通帳には、平成20年2月29日に2,500万円が出金されていることが記録され、同日、本件滞納法人の元帳の代表者借入金勘定には、「取引先名称」を「J」とする1,900万円の現金入金と100万円の預金入金が記録されている。
(ロ)本件滞納法人の関与税理士であったP税理士が作成した「F社の決算書にe自動車の車両が資産計上の経緯と理由」と題する書面には、「決算時の巡回監査の際、平成20年2月分の伝票に車両運搬具として計上され、相手科目が代表者借入金勘定となっていたので、その資金の源泉を確認したところ、請求人が長年にわたり貯蓄していた2,000万円を本件滞納法人に資金融通して本件自動車を購入したことが判明した」旨の記載がある。
ハ 本件自動車代金の支払状況について
(イ)本件自動車の売主であるL社の代表者Qは、原処分庁所属の徴収担当職員に対し、要旨以下のとおり申述している。
A 平成20年2月上旬、Jから本件自動車の買取りの申込みが電話であり、同年3月1日にL社事務所でJと直接面談し、売買金額2,100万円にて売買の約束を交わすとともに、Jの指示により当人が差し出した名刺に記載された本件滞納法人宛に金2,100万円の領収証を同日付で一旦作成し交付したが、後日、Jの依頼により、領収日付を同年2月29日としたものに差し替えた。
B その代金決済について、平成20年2月28日に手付金として100万円(本件滞納法人の口座からL社の口座に振り込まれている。)、同年3月1日に1,898万円(Jから現金で受領している。)、同年3月4日に100万円(本件滞納法人の口座からL社の口座に同月3日に振り込まれている。)の合計2,098万円を受領しており、受領金額と契約金額との差額2万円は、契約日(同年3月1日)におけるJの航空運賃をL社が負担したものである。
(ロ)原処分庁所属の徴収担当職員がL社から収集した平成20年2月29日付の領収証(控)には、入金先を「F社」、代金を「21,000,000円」、但書を「g自動車車両代金として」と記載されている。
ニ 本件自動車の登録状況等について
(イ)平成23年11月21日付の請求人の陳述書によれば、請求人は、貸付金を完済してもらうまでは、本件自動車の登録名義を本件滞納法人としないでほしいと頼み、それで、Jが、K社に依頼をして、K社の名義のままにすることとし、本件滞納法人の経営が順調に行き、2,000万円が請求人に弁済された時点で名義変更することを代表者H、J及び請求人の三者で合意していた旨申述している。
(ロ)K社の代表者Rが原処分庁所属の徴収担当職員に対して行った申述によれば、K社は、Jから「本件自動車を購入したが、車庫証明の関係上一時的に名義を貸してもらえないか」との依頼を受けて本件自動車の登録をしたと認められる。
ホ 弁済請求の状況について
 請求人は、当審判所に対し、本件滞納法人に弁済を求めたが、貸付金の返済が一円もなかったので、本件自動車、鍵及び自動車検査証の引渡しを受けたが、本件契約書はそのまま保存しており、本件滞納法人に対して返済に係る領収証等は発行していない旨答述した。
ヘ 担保の実行について
(イ)請求人は、当審判所に対し、担保の実行としての本件自動車の引渡しの状況は、本件滞納法人の車両展示場から、請求人自宅の建物1階の倉庫に本件自動車を移動させ、鍵及び自動車検査証は、請求人が平成21年8月31日に転居先であるc市h町の居所へ持参し、また、現住所に戻った平成22年5月以降も自ら保管していた旨答述した。
(ロ)代表者Hが請求人宛に提出した「証明書」と題する書面には、請求人から2,000万円を借り入れ、本件自動車を購入したが、全く返済ができず、平成21年8月31日に本件自動車を借入金の返済に充てるため請求人に本件自動車、鍵及び自動車検査証を引渡した旨記載がある。
(ハ)原処分庁の差押え関係資料及び当審判所の調査によれば、本件自動車は、本件差押処分時にはa市b町の請求人自宅の建物の1階部分に保管されていた。
ト 本件滞納法人の状況について
(イ)本件滞納法人は、レストランの経営、清涼飲料水の製造及び販売並びに浄水器、空気清浄機の販売等を目的とし、本店をj県a市b町○-○に、取締役をHとして、平成16年10月29日に設立された。その後、平成22年5月31日の株主総会の解散の決議により、同年6月10日に解散の登記をしているが、清算結了の登記はされていない。
(ロ)本件滞納法人の本件各事業年度における固定資産減価償却内訳明細書によれば、本件自動車は、減価償却資産として、次表のとおり計上されている。

(別表1)

(ハ)本件滞納法人の本件各事業年度の財務諸表によれば、資産・負債等の推移は、次表のとおりである。

(別表2)

チ 本件滞納法人口座の入出金記録によれば、平成20年2月8日に1,020万円が現金出金されていること、また、請求人口座の入出金記録によれば、同日に1,200万円が現金入金されていることが認められる。
リ 本件滞納法人口座の入出金記録によれば、本件滞納法人からL社へ、平成20年2月28日に100万円、同年3月3日に1OO万円がそれぞれ送金されており、同口座の預金通帳の当該各「差引残高」欄に「車代」と手書き記載されていることが認められる。
(2)法令解釈
イ 代物弁済の成立要件
 民法第482条によれば、債務者が債権者の承諾を得て、その負担した給付に代えて他の給付をしたときは、その給付は弁済と同一の効力を有するとされ、その成立要件は、〔1〕債権が存在すること、〔2〕本来の給付と異なる他の給付をなすこと、〔3〕給付が履行(弁済)に代えてなされること、〔4〕債権者の承諾があることである。
 なお、このような代物弁済を将来において行う旨の契約をすること(代物弁済の予約)も可能と解される。
 また、代物弁済による対象物の所有権移転の効果は、原則として当事者間の代物弁済契約(代物弁済合意)の成立した時に、その意思表示の効果として生じると解される。
ロ 登録自動車の所有権の得喪の対抗要件
 車両法による登録を受けている自動車については、登録が所有権の得喪並びに抵当権の得喪及び変更の公示方法とされている(同法第5条第1項、自動車抵当法第5条第1項)ところ、不動産に関する物権変動については、不動産について法令に従った契約に基づき所有権移転がなされた場合においても、当該所有権移転があったことを当該契約当事者以外の第三者に対抗するためには、その旨の登記をしなければならないとされており(民法第177条)、この理は、所有権の得喪について登録をもって対抗要件とする登録済みの自動車においても同様に解される。
(3)当てはめ
イ 争点1(本件自動車に係る代物弁済の予約の合意及び本合意はあったか否か)について
 前記1の(4)のヘ及び上記(1)のイないしハからすれば、本件自動車は、本件滞納法人がL社から購入し、名義はK社にしていたものの、請求人が主張する担保の実行による所有権の取得がされたとする日までは、所有権が本件滞納法人にあったと認められるところ、原処分庁は、上記(1)のハ及びニの(ロ)のとおり、本件自動車が所有権者でない第三者名義であることは虚偽登録であり、購入者である本件滞納法人に所有権があると認められること、同トの(ロ)のとおり、本件滞納法人の本件各事業年度の固定資産減価償却明細書には減価償却資産として記載がされていたことなどから、平成23年3月15日現在において、本件自動車は本件滞納法人に所有権があると認定して本件差押処分を行い、それに対して、請求人は、平成21年8月31日に担保の実行として本件自動車を譲り受ける旨を本件滞納法人との間で合意し(代物弁済の予約の合意)、鍵及び自動車検査証の交付を受け、本件自動車を自己の占有下に置いて現実の弁済を受け、本件自動車の所有権を取得していたと主張するので、その事実の成否について判断する。
(イ)債権の存在
 担保が成立するためには被担保債権の存在が必要であるところ、上記(1)のイの(ロ)及び(ハ)並びに同ロ及びハによれば、本件滞納法人はレストラン展示用に本件自動車を購入することとし、その購入資金を請求人が本件滞納法人に2,000万円を貸し付け、その資金を基にJが本件滞納法人の代理人として、平成20年3月1日に本件自動車をL社から購入したと認められる。
 したがって,請求人は、本件滞納法人に本件自動車購入資金として、遅くとも平成20年3月1日までに、2,000万円を貸し付けていたと認めるのが相当である。
(ロ)代物弁済予約の存在
 上記(1)のイの(イ)によれば、請求人と本件滞納法人との間で作成された本件契約書の存在が認められるところ、同契約書には、請求人が本件滞納法人に2,000万円の金銭を貸し付け、本件滞納法人から貸付金の返済がない場合は、e自動車とf自動車を貸付金2,000万円の担保とする旨の記載がされ、また、2008年3月5日の日付の入った手書きで作成された文書にも同様の内容が記載されており、当審判所の調査によっても、本件契約書に記載された内容と異なる合意が請求人と本件滞納法人との間でされたとの事実は認められない。 
 そうすると、本件契約書の内容は、請求人が貸し付けた2,000万円の金銭を担保するために、その金銭が弁済できない場合にはe自動車とf自動車をもって弁済する代物弁済を予約したものと解するのが相当であり、他に本件契約書の内容を不合理とする理由もないことからすれば、上記(イ)でその存在が認められる貸付金を担保するために、請求人と本件滞納法人との間で、遅くとも平成20年3月5日には、本件自動車を目的とする代物弁済の予約が合意されたことが認められる。
(ハ)代物弁済予約に基づく本合意の存在
A 上記(1)のトの(イ)及び(ハ)のとおり、本件滞納法人は、平成22年5月31日の株主総会の解散の決議により、同年6月10日に解散の登記をしており、本件滞納法人の本件自動車を購入した日を含む本件各事業年度の財務諸表によれば、債務超過の状態が継続していた。
B 本件滞納法人は、上記Aのとおり債務超過の状態にあったことから、請求人が主張するとおり、請求人が本件滞納法人に対し当該貸金債権の返還請求を行うも、本件滞納法人からは経営の失敗を理由に一円の回収もできない状態であったと認められる。
C 以上からすれば、平成21年8月当時において、本件滞納法人は請求人から借り入れた2,000万円を弁済できるような状態ではなく、請求人の弁済請求に対して、上記(ロ)でその存在が認められる代物弁済の予約の実行として、本件自動車でもって弁済する旨の合意、すなわち本合意が請求人と本件滞納法人との間でされたことが認められる。
(ニ)弁済の履行
 上記(1)のホ及びヘの(イ)のとおり、請求人から本件滞納法人に貸付金の弁済を求めたが、返済がなかったことから本件自動車、鍵及び自動車検査証の引渡しを受け、平成21年8月31日に、本件自動車を本件滞納法人から請求人の自宅の1階倉庫に移動した旨の請求人の答述があること、また、同ヘの(ロ)のとおり、上記請求人の答述に沿う代表者Hの証明書があること、さらに、同ヘの(ハ)のとおり、原処分庁が請求人の自宅において本件自動車を差押えていることからすれば、本件自動車は請求人に引き渡されていたものと認めるのが相当である。
 したがって、本件自動車は、平成21年8月31日に、上記(ハ)の代物弁済の予約に基づく弁済の履行として、請求人に引き渡されていたものと認められる。
 そして、前記1の(4)のニのとおり、平成24年4月27日に、代物弁済の予約に基づく弁済の履行として、K社から請求人に本件自動車の所有権の移転登録がされている。
(ホ)まとめ
 以上から、請求人は、平成20年2月29日に本件自動車の購入資金として本件滞納法人に2,000万円を貸し付け、その貸付金を担保するために、返済ができなかった場合には本件自動車をもって代物弁済を行う旨の予約を行い、以後全く弁済がされなかったことから、平成21年8月31日に本件滞納法人との間で本合意が行われ、その弁済の履行として本件自動車が請求人に引き渡され、さらには平成24年4月27日に登録がされたとみるのが相当である。
(ヘ)原処分庁の主張について
 原処分庁は、本件契約書には作成日や返済期日の記載がなく、返済がない場合にe自動車とf自動車を貸付金2,000万円の担保とするとの記載はあるが、担保とするe自動車とf自動車が具体的に特定されておらず、さらに、確定日付がないため実際にその日に存在していたかも立証できない文書であるとして、当該契約書は全く証拠能力のないものといわざるを得ない旨主張する。
 しかしながら、契約の成立に当たって作成日や確定日付が必要であるとは解されないし、むしろ2008年3月5日の日付の手書きで作成された文書にも同様の内容が記載されていることからすれば、少なくとも同日までには本件契約書が作成されていたとみるのが相当であり、また、上記(1)のイの(イ)のとおり、本件滞納法人から貸付金の返済がない場合は、e自動車とf自動車を貸付金2,000万円の担保とする旨本件契約書に定められ、現に本件滞納法人は本件契約書の作成時においてe自動車を所有していたのであるから、担保物の特定がないということはできず、本件契約書には証拠能力がないとする原処分庁の主張は採用することができない。
 また、原処分庁は、請求人が貸付時に作成したとする本件契約書の記載内容(貸付額2,000万円、貸付日は平成20年3月5日)と本件滞納法人の平成20年2月期における会計処理(代表者借入金1,900万円、借入日は同年2月29日)とが、借入日や借入金額において相違していること、請求人が本件滞納法人へ交付したとする2,000万円について、その内少なくとも1,220万円は上記(1)のチ及びリのとおり本件滞納法人の資金から支出されていること等から、2,000万円の貸付けの事実はない旨主張する。
 しかしながら、本件契約書と本件滞納法人の会計処理の相違については、金銭貸借の当事者がJの妻と子の関係であること、Jが本件滞納法人の経営に大きく関わっていると想定されることからすると、会計帳簿上の日付や勘定科目の記載については、貸借関係が他人同士である場合のような厳格さを求められることもなく処理されることもあり得ると考えられ、また、上記(1)のロの(ロ)のとおり、本件滞納法人の関与税理士であったP税理士が作成した書面にも当該貸付金は請求人のものであることが述べられていること、同チの1,020万円の出金と1,200万円の入金が同じものであると認定できる証拠はないことからすれば、2,000万円の貸付けの事実はないとする原処分庁の主張は採用することができない。
ロ 争点2(仮に、争点1の本件自動車に係る本合意があった場合に、請求人は所有権の取得を原処分庁に主張できるか否か)について
 請求人は、平成21年8月31日に担保権の実行としての合意がされて、平成24年4月27日に当該合意の履行として本件自動車の所有権の登録を行ったことから、本件自動車に対する原処分庁の差押えは取り消されるべきである旨を主張するので、それについて判断する。
(イ)前記1の(4)のハ及びニのとおり、請求人は、平成24年4月26日まで、所有権の登録がなく、それまでは真実の所有権者とは異なるK社名義での所有権登録がされていた。
 そうすると、登録自動車に係る権利の得喪は、登録をもって公示方法すなわち対抗要件となるところ、本件差押処分時に、請求人には登録がなかったのであるから、それ以前に所有権を取得していたとしても、請求人は、登録を経るまでは自己に所有権があることを差押債権者である原処分庁に主張できないので、本件差押処分の取消しを求めることはできなかったものである。
(ロ)請求人は、前記1の(4)のニのとおり、審査請求中の平成24年4月27日に、自己の所有権に基づき本件自動車の登録を行っており、それに対して、原処分庁は、前記1の(4)のホのとおり、本件自動車について差押えの登録を行っていない。
 なお、請求人は、本件自動車の所有権について、本件差押処分後である平成24年4月27日に登録をしているが、請求人が本件自動車の所有権を得たのは上記イのとおり、平成21年8月31日であり、それは本件差押処分が行われた平成23年3月15日よりも以前であるから、請求人は差押処分に登録がないことを主張できない背信的悪意者には当たらないことになる。
(ハ)したがって、請求人は、平成24年4月27日に登録を行うことにより本件自動車の所有権を確定的に取得したことになり、その反面で本件滞納法人はその所有権を確定的に喪失したことになったことから、本件差押処分は本件滞納法人の財産でない財産を差し押さえたことに帰着するので、本件差押処分は違法な処分として取り消されるべきである。
 以上のことから、請求人の主張には理由がある。
(ニ)原処分庁の主張について
 原処分庁は、本件差押処分が行われた時には、本件自動車の所有権は本件滞納法人にあったのであるから、適法な処分である旨主張する。
 しかしながら、本件審査請求をした後である平成24年4月27日に、請求人は本件自動車の所有権の登録を行っており、当該登録により原処分庁は本件滞納法人に所有権のない財産を差し押さえたことに帰着するので、違法な差押処分というべきであるから、原処分庁の主張は採用することができない。
 また、原処分庁は、請求人による平成24年4月27日にされた所有権移転の登録は、本件差押処分がされた後にされたものであり、差押えによる処分禁止効に抵触する旨主張するが、そもそも原処分庁は本件自動車の差押えの登録をしておらず、差押えの効力を請求人に及ぼすことはできないのであるから、この点に関する主張は採用することができない。
(4)結論
 したがって、本件差押処分は、請求人が平成24年4月27日に本件自動車について所有権の登録をしたことにより、本件滞納法人に所有権がない財産を差し押さえたことに帰着するので、違法な処分として取り消されるべきである。

別紙 関係法令の要旨
国税通則法
第43条
第1項 国税の徴収は、その徴収に係る処分の際におけるその国税の納税地(以下この条において「現在の納税地」という。)を所轄する税務署長が行う。
第3項 国税局長は、必要があると認めるときは、その管轄区域内の地域を所轄する税務署長からその徴収する国税について徴収の引継ぎを受けることができる。
民法
第177条《不動産に関する物権の変動の対抗要件》
 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
第482条《代物弁済》
 債務者が、債権者の承諾を得て、その負担した給付に代えて他の給付をしたときは、その給付は、弁済と同一の効力を有する。
道路運送車両法
第5条
第1項 登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ、第三者に対抗することができない。
第6条《自動車登録ファイル等》
第1項 自動車の自動車登録ファイルへの登録は、政令で定めるところにより、電子情報処理組織によって行なう。
第22条《登録事項等証明書等》
第1項 何人も、国土交通大臣に対し,登録事項その他の自動車登録ファイルに記録されている事項を証明した書面(以下「登録事項等証明書」という。)の交付を請求することができる。
自動車抵当法
第5条《対抗要件》
第1項 自動車の抵当権の得喪及び変更は、道路運送車両法に規定する自動車登録ファイルに登録を受けなければ、第三者に対抗することができない。 
国税徴収法
第47条《差押の要件》
第1項 次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない。
第1号 滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないとき。
第2号 納税者が国税通則法第37条第1項各号(督促)に掲げる国税をその納期限(繰上請求がされた国税については、当該請求に係る期限)までに完納しないとき。
第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》
第3項 税務署長は、不動産を差し押えたときは、差押の登記を関係機関に嘱託しなければならない。
第71条《自動車、建設機械又は小型船舶の差押え》
第1項 道路運送車両法(昭和26年法律第185号)の規定により登録を受けた自動車(以下「自動車」という。)、建設機械抵当法(昭和29年法律第97号)の規定により登記を受けた建設機械(以下「建設機械」という。)又は小型船舶の登録等に関する法律(平成13年法律第102号)の規定により登録を受けた小型船舶(以下「小型船舶」という。)の差押えについては、第68条第1項から第4項まで(不動産の差押えの手続及び効力発生時期)の規定を準用する。


 

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