LEX/DBインターネット

《書 誌》
提供 TKC
【文献番号】 25501959
【文献種別】 判決/東京地方裁判所(第一審)
【裁判年月日】 平成23年 9月12日
【事件名】 所得税更正処分取消等請求事件
【事案の概要】 訴外会社に在職中にした職務発明についての特許を受ける権利を訴外会社に承継させたことにより特許法(平成16年法律第79号による改正前のもの)35条3項及び4項所定の「相当の対価」の支払を受ける権利(本件対価請求権)を有していた亡Aの承継人である原告らが、亡Aの死亡後に訴外会社を被告として提起した訴えにおいて成立した和解に係る和解条項に基づき本件対価請求権に係る金銭(本件和解金)の支払を受けたことにつき、〔1〕これに係る所得を一時所得に該当するとしてそれぞれ確定申告をしたところ、各処分行政庁から雑所得に該当するとしてそれぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受け、さらに、〔2〕そもそも本件和解金に係る所得は亡Aに帰属するものであって原告らに帰属するものではないとしてそれぞれ更正の請求をしたところ、各処分行政庁からそれぞれ更正をすべき理由がない旨の通知を受けたことから、各更正処分等及び各通知処分の各取消しを求めた事案において、原告らがした本件各通知処分についての不服申立て及び本件各訴えのうちのこれらの取消しを求める部分につき他に手続上の瑕疵の見当たらない本件においては、本件各訴えのうちの上記の部分については、適法なものというのが相当であるとした上で、本件和解金は、本件権利の承継についての特許法35条3項及び4項所定の「相当の対価」の一部に当たるものであって、その額は、訴外会社において採用されていた分割払方式の実績補償制度を踏まえ、本件権利が訴外会社に承継された後の本件職務発明の実施の実績を考慮して算定されたものであると認めるのが相当であり、原告らの収入である本件和解金の原因たる権利については、本件和解が成立した平成19年9月の時点において、初めて、客観的にみて同権利の実現が可能な状態になったものと認められ、その時点をもって収入の原因となる権利が確定したものと認めるのが相当であるとし、また、本件和解金に係る所得は、雑所得に該当するものというべきであるとして、原告らの請求をいずれも棄却した事例。
【判示事項】 〔TKC税務研究所〕
  1. 更正処分の不服申立中に、更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分がなされた場合、各処分につき、更正の請求額を超える部分の取消しを求めることの適否。
(要旨文献番号:60063714)
  2. 「収入すべき金額」の意義。
(要旨文献番号:60063715)
  3. 収入の原因となる権利の確定時期。
(要旨文献番号:60063716)
  4. 特許法35条の相当の対価の支払請求訴訟における和解金の収入計上時期。
(要旨文献番号:60063717)
  5. 所得税法が所得の種類とその計算方法を定めている趣旨。
(要旨文献番号:60063718)
  6. 所得の種類の判断時期。
(要旨文献番号:60063719)
  7. 譲渡所得に対する課税の趣旨。
(要旨文献番号:60063720)
  8. 特許法35条の相当の対価の支払を求める訴訟上の和解により取得した和解金が譲渡所得には該当しないとした事例。
(要旨文献番号:60063721)
  9. 一時所得の範囲。
(要旨文献番号:60063722)
  10. 特許法35条の相当の対価の支払を求める訴訟上の和解により取得した和解金が雑所得に該当するとした事例。
(要旨文献番号:60063723)
【裁判結果】 棄却
【上訴等】 確定
【裁判官】 八木一洋 石村智 藤井秀樹
【掲載文献】 税務訴訟資料261号順号11763
【引用判例】 (当判例が引用している判例等)
最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)第499号
昭和39年10月22日
最高裁判所第三小法廷 平成13年(受)第1256号
平成15年 4月22日
最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)第314号
昭和49年 3月 8日
最高裁判所第三小法廷 昭和41年(行ツ)第102号
昭和47年12月26日
最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)第123号
昭和53年 2月24日
札幌地方裁判所 平成9年(行ウ)第25号
平成10年 6月29日
最高裁判所第三小法廷 平成11年(行ツ)第173号
平成11年10月26日
大阪高等裁判所 平成5年(ネ)第723号
平成 6年 5月27日
最高裁判所第三小法廷 昭和40年(行ツ)第40号
昭和47年12月26日
【全文容量】 約73Kバイト(A4印刷:約38枚)




 《全 文》

【文献番号】25501959  

東京地方裁判所
平成●●年(○○)第●●号 所得税更正処分取消等請求事件(第1事件)
平成●●年(○○)第●●号 所得税更正処分取消等請求事件(第2事件)
平成●●年(○○)第●●号 所得税更正処分取消等請求事件(第3事件)
平成23年9月12日民事第3部判決

       判   決

第1事件原告 甲
第2事件原告 乙
第3事件原告 丙
上記3名(以下「原告ら」という。)訴訟代理人弁護士 武田清一
被告 国
同代表者法務大臣 平岡秀夫
処分行政庁 茨木税務署長 神本敏正
同 武蔵野税務署長 松林優蔵
被告指定代理人 折原崇文 ほか別紙1指定代理人目録記載のとおり


       主   文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
1 主位的請求
(1)茨木税務署長が第1事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額4万2618円及び納付すべき税額零円を各上回る部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分並びに平成21年3月3日付けでした更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分をいずれも取り消す。
(2)武蔵野税務署長が第2事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額零円及び納付すべき税額零円を各上回る部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分並びに平成21年3月18日付けでした更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分をいずれも取り消す。
(3)武蔵野税務署長が第3事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額429万5000円及び納付すべき税額1万8000円を各上回る部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分並びに平成21年3月18日付けでした更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分をいずれも取り消す。
2 各更正処分についての予備的請求
(1)茨木税務署長が第1事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額418万3916円及び納付すべき税額22万8400円を各上回る部分を取り消す。
(2)武蔵野税務署長が第2事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額166万6736円及び納付すべき税額4万6700円を各上回る部分を取り消す。
(3)武蔵野税務署長が第3事件原告の平成19年分の所得税について平成20年5月30日付けでした更正処分のうち所得金額472万8912円及び納付すべき税額6万1300円を各上回る部分を取り消す。
第2 事案の概要等
 本件は、A株式会社(以下「訴外会社」という。)に在職中にした職務発明についての特許を受ける権利(以下「本件権利」という。)を訴外会社に承継させたことにより特許法(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)35条3項及び4項所定の「相当の対価」の支払を受ける権利(以下「本件対価請求権」という。)を有していた亡丁(以下「亡丁」という。)の承継人である原告らが、亡丁の死亡後に訴外会社を被告として提起した訴えにおいて成立した和解(以下「本件和解」という。)に係る和解条項に基づき本件対価請求権に係る金銭(以下「本件和解金」という。)の支払を受けたことにつき、〔1〕これに係る所得を一時所得に該当するとしてそれぞれ確定申告をしたところ、各処分行政庁から雑所得に該当するとしてそれぞれ更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)を受け、さらに、〔2〕そもそも本件和解金に係る所得は亡丁に帰属するものであって原告らに帰属するものではないとしてそれぞれ更正の請求をしたところ,各処分行政庁からそれぞれ更正をすべき理由がない旨の通知(以下「本件各通知処分」という。)を受けたことから、本件各更正処分等及び本件各通知処分の各取消しを求めている事案である。
1 関係法令等の定め
 別紙2「関係法令等の定め」に記載したとおりである(同別紙で定める略称等は、以下においても用いることとする。)。 
2 前提事実(証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがないか、当裁判所に顕著な事実である。)
(1)ア 第1事件原告(以下「原告甲」という。)は亡丁の妻であり、第2事件原告(以下「原告乙」という。)は亡丁の母(夫は戊)であり、第3事件原告(以下「原告丙」という。)は亡丁の妹である。
イ 亡丁は、平成6年3月8日に死亡し、同人の相続人の1人であった亡丁の父である戊は、平成7年11月10日に死亡した。
 相続関係図は、別紙3のとおりである。
(2)ア 亡丁は、生前、訴外会社に勤務し、同社の従業者として共同で乙1の別紙特許権目録記載のとおりの職務発明をした(以下、亡丁がした職務発明を総称して「本件職務発明」という。)。
イ 訴外会社は、その従業者のした発明に関して、別紙2「関係法令等の定め」3のとおりの各定めを設けているところ、同社は、本件規則4条1項に基づき、本件職務発明について特許を受ける権利を亡丁から承継した。
ウ 訴外会社は、本件規則等に基づき、亡丁又はその相続人に対し、以下のとおり金銭を支払った。
(ア)出願補償(本件規則8条)
 昭和61年に、亡丁に対し、本件規則8条に基づく特許出願時の補償金として、以下の金額を支払った。
a 国内・外国における特許出願についてのもの
1000円×4件 合計4000円
b 特許権の優先権主張の根拠となった特許出願3件についてのもの
1000円×3件 合計3000円
(イ)報賞(本件規則運営要領5条1項)
 平成元年に、本件職務発明の創製と製品化に関わった23名の研究者等を対象に、合計140万円を支払った。
 なお、本件和解の際に裁判所から提示のあった和解勧告書(甲14)においては、亡丁に支払われた金額は6万0870円とされていた。
(ウ)追賞(本件規則運営要領5条2項)
 平成3年に、本件職務発明の開発に関わった17名の研究者等を対象に、合計200万円を支払った。
 なお、本件和解の際に裁判所から提示のあった和解勧告書(甲14)においては、亡丁に支払われた金額は11万7647円とされていた。
(エ)登録補償(本件規則運営要領4条2項)
 平成8年1月、同年10月及び平成9年7月に、亡丁の相続人に対し、本件規則運営要領4条2項に基づく特許権の設定の登録時の補償金として、以下の金額を支払った。
 1件の登録につき3400円×3件 合計1万0200円
(3)ア 原告らは、亡丁が生前に本件職務発明について訴外会社に特許を受ける権利である本件権利を承継させたことによる「相当の対価」(特許法35条3項)として支払われた金額が過少である等とし、上記の「相当の対価」の額に満たない不足分の額の請求権を相続により取得したとして、原告乙及び原告丙は共同して平成16年10月27日に、原告甲は平成17年12月2日に、それぞれ訴外会社を被告とする訴え(東京地方裁判所平成●●年(○○)第●●号及び平成●●年(○○)第●●号。以下、これらの訴えを併せて「別件訴え」という。)を提起した。
イ 別件訴えにおいて、平成19年9月4日、原告らと訴外会社との間で、以下のような内容の本件和解が成立した。
 亡丁が訴外会社在職中にした全ての職務発明(本件職務発明。外国特許及びノウハウ等も全て含む。)についての特許を受ける権利(本件権利)の承継についての相当の対価(本件規則上、支払期限未到来のものも含む。ただし、亡丁又はその相続人に対する既払分を差し引いたもの。)として、原告乙に対して970万円を、原告丙に対して323万円を及び原告甲に対して2466万円をそれぞれ平成19年10月末日限り支払う。
ウ 原告らは、平成19年10月31日、本件和解に係る和解条項に基づき、訴外会社から、それぞれイに述べた金額の本件和解金の支払を受けた。
(4)本件各訴えの提起に至る経緯
ア 原告らは、平成20年3月5日、本件和解金に係る所得は一時所得に該当するとして、平成19年分の所得税の確定申告書を、原告甲は茨木税務署長に、原告乙及び原告丙は武蔵野税務署長(以下、原告甲に対する茨木税務署長並びに原告乙及び原告丙に対する武蔵野税務署長を単に「原処分庁」ということがある。)に、それぞれ提出した。
イ 原処分庁は、平成20年5月30日付けで、本件和解金に係る所得は雑所得に該当するとして、本件各更正処分等をした。
ウ 原告らは、本件各更正処分等を不服として、平成20年7月24日付けで、それぞれ異議申立てをしたところ、茨木税務署長は同年9月19日付けで、武蔵野税務署長は同月18日付けで、当該各異議申立てをそれぞれ棄却する旨の決定をした。
エ 原告らは、上記ウの決定を不服として、平成20年10月16日、国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求(以下「本件第1次審査請求」という。)をした。
オ 原告らは、平成21年2月24日、本件和解金に係る所得は原告らに帰属しないから雑所得の金額は零円であるとする更正の請求(以下「本件各更正請求」という。)をそれぞれした。
カ 茨木税務署長は平成21年3月3日付けで、武蔵野税務署長は同月18日付けで、本件各更正請求にはその更正をすべき理由がないとして、本件各通知処分をした。
キ 原告らは、本件各通知処分を不服として、国税通則法(以下「通則法」という。)75条4項3号に基づく選択により、異議申立てをしないで、平成21年4月9日、国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求(以下「本件第2次審査請求」という。)をした。
ク 国税不服審判所長は、本件第1次審査請求及び本件第2次審査請求を併合し、平成21年10月9日、原告らの各審査請求をそれぞれ棄却する旨の裁決をした。
ケ 原告らは、平成22年2月24日、本件各更正処分等及び本件各通知処分の各取消しを求めて、本件各訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
3 本件各更正処分等及び本件各通知処分の根拠及び適法性に関する被告の主張
 後記5に掲げるほか、別紙4「本件各更正処分等及び本件各通知処分の根拠及び適法性」に記載のとおりである(なお、同別紙で定める略称等は、以下においても用いることとする。)。
4 争点
(1)本件各通知処分の取消しを求める訴えは適法か
(2)原告らが支払を受けた本件和解金は平成19年分の収入に帰属するか
(3)本件和解金に係る所得の種類(雑所得か、一時所得か)(予備的主張)
5 争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(本件各通知処分の取消しを求める訴えは適法か)について
(原告らの主張の要旨)
 通常は、更正処分を取り消せば、実質的には確定申告が復活するので、確定申告の所得金額及び納付すべき税額を超える部分が取消しの範囲となるが、本件において、原告らは、本件各更正請求において本件各更正処分後の所得金額等につき更正(再更正)をすべき旨の請求をしているところ、その更正の請求の対象は、確定申告の所得金額等を吸収した更正処分後の所得金額等であって、確定申告の所得金額等も更正(再更正)の対象となっている。
 したがって、本件における原告らの本件各更正請求により、更正処分における雑所得の金額等のみならず、確定申告における一時所得の金額等についても所得金額等が減額再更正されるべきである。よって、本件各通知処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益は認められる。
(被告の主張の要旨)
 原告らは、同1年分の増額更正処分である本件各更正処分及びその後になされた本件各通知処分の双方の処分の取消しを求めているが、本件各通知処分の取消しを求めることに訴えの利益はない。
 通則法23条4項の更正をすべき理由がない旨の通知処分と同法24条の更正処分は、手続的にみれば別個独立した行政処分ではあるが、同一の所得税の納税義務に関わる相互に密接な関連を有する処分といえる。増額更正処分は単に申告された税額に更正された税額との差額を追加するものではなく、課税庁が課税要件事実を全体的に見直し、税額の総額を確定する処分であって、その中には申告された税額を減額しない趣旨を含むものといえることから、増額更正処分の内容は、減額更正をしない旨の通知処分を包摂する関係にあるといい得る。また、審理対象は、いずれも当該納税者の総所得金額等の数額であることからすれば、実質的にみても、更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正処分のそれぞれについての取消訴訟の係属を認めると、双方の審理・判断に矛盾・抵触が生じ、租税法律関係が極めて混乱することになりかねず、訴訟経済にも反することになることは明白である。
 増額更正処分の内容が、通知処分の内容を包摂する関係にあるものであることに鑑みれば、当該増額更正処分の取消訴訟において、通知処分における減額更正をしない旨の判断に存する違法を主張して、申告された税額等を下回る部分であっても、更正の請求に係る税額を超える部分についてであれば、その取消しを請求することができるものというべきである。
 そうすると、このような場合には、税額等を争う納税者は、増額更正処分に対して取消訴訟を提起し、更正の請求に係る税額を超える部分について取消しを求めれば足り、これと別個に当該通知処分の取消しを求める利益を有しないものというべきである。
 したがって、原告らの本件各通知処分の取消しを求める部分の訴えについては不適法なものであり、却下されるべきである。
(2)争点(2)(原告らが支払を受けた本件和解金は平成19年分の収入に帰属するか)について
(被告の主張の要旨)
ア 本件和解金の性質
(ア)a 特許法35条3項は、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と定め、この「相当の対価」について、同条4項は、「前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と定めている。
b 特許法の上記規定は、物の譲渡額は当事者間で自由に決定できるのが原則であるところ、一般的には、使用者と従業者との間には力関係において差があり、使用者の方が強く、自然の力関係に委ねると、従業者のなした発明が使用者に一方的に収奪されてしまうことがあり得ることから、従業者を保護し、従業者である発明者の発明意欲を刺激し、ひいては発明を奨励するために設けられた規定であると解される。
 そして、使用者等があらかじめ定める勤務規則等により、特許を受ける権利を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が特許法35条3項の「相当の対価」に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の額の支払を求めることができるとされる(最高裁判所平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁。以下「平成15年判決」という。)。
c また、特許法35条3項に規定する「相当の対価」の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない旨規定されており(同条4項)、特許権は特許出願の日から原則20年間は消滅しない(同法67条1項)ことからすると、この存続期間満了までの間の利益が同法35条4項にいう使用者等が受けるべき利益に含まれると解される。
 そうすると、例えば、後記(イ)に記載する分割払方式の実績補償制度における出願補償、登録補償、実績補償として支払われる金員は、「特許を受ける権利」の承継により使用者から支払われる「相当の対価」の一部を成すものと解することができ、また、上記実績補償制度に基づき支払われた対価の額が同条3項に規定する「相当の対価」の額に満たないとしてその支払を求めて訴訟を提起し、判決又は和解によって、「相当の対価」として確定し支払われることとなった金員もまた、「相当の対価」としての性質を有する金員と解するのが相当である(このことは、平成15年判決の判示からも明らかである。)。
(イ)実務において採用されている実績補償制度
 特許法35条3項にいう「相当の対価」の額については、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」等を考慮して定めなければならないとされていることから(同条4項)、理論的には、権利を承継したときに客観的に見込まれる利益の額を指すと解されている。
 しかし、契約、勤務規則その他の定めにおいて特許法35条3項にいう「相当の対価」について定めがある場合であっても、いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかである。また、具体的な「相当の対価」の額の算定は、事案ごと、発明ごとに諸般の事情を総合考慮して行うべきものであるが、特許を受ける権利等の承継の時における見込額であるとすれば、ある程度は概括的な金額にならざるを得ない。
 そこで、実務においては、権利承継時点で一括して「対価」を支払うのではなく、特許出願時、特許登録時、実績補償時(使用者等が自ら当該権利を実施して利益を計上し、又は他者に実施許諾して実施料の支払を受けた時)等に分けて「対価」を支払う分割払方式の実績補償制度が採用されることが多い。
 このような分割払方式の実績補償制度(訴外会社においても採用されている。)は、裁判例においても是認されており、特許を受ける権利の承継時より後に生じた当該発明の独占的実施等による使用者の利益の有無及び額等を特許法35条3項の「相当の対価」を認定するための資料とすることができるとされている。
(ウ)そして、分割払方式の実績補償制度により支払われる金員が特許法35条3項にいう「相当の対価」の全てではなく、当該金員が同条4項の規定に従って算定される対価の額に満たないときは、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができ、相当の対価請求権の権利行使としての訴えによる判決又は和解によって支払われる金員も、同条3項にいう「相当の対価」に該当するといえる。
(エ)したがって、本件和解金は、本件対価請求権を相続により承継した原告らが、その権利行使として提起した別件訴えにおいて成立した本件和解に基づいて、その不足する額に相当する対価の額として支払われた金員であるから、同条3項にいう「相当の対価」に該当する。
 そして、従業者等が使用者等から支払を受ける金員(相当の対価)が分割払方式によって支払われる場合の金員については、上記(イ)で述べたとおり、〔1〕特許を受ける権利が使用者等に承継された際に一時に支給される金員と、〔2〕特許を受ける権利が使用者等に承継された後に利用実績等に応じて支払を受ける金員とがある。
 亡丁又は相続人は、昭和61年に出願補償、平成元年に報賞、平成3年に追賞並びに平成8年及び平成9年に登録補償を受領しているところ、本件権利の承継の時期は訴外会社の本件規則によって明記はされていないが、訴外会社の平成16年改正規則4条によると、発明が職務発明に属する場合、特許を受ける権利は全て発明のなされた時点において訴外会社がこれを承継する旨規定されている。そして、訴外会社は、承継された職務発明につき、特許出願した場合は出願補償を支払う旨規定されており(本件規則8条)、亡丁は、昭和61年に出願補償を受領している。そうすると、亡丁は遅くとも昭和61年までに本件権利を訴外会社に承継させ、その対価として出願補償を受領したと解すべきであるから、上記〔1〕の特許を受ける権利が使用者等に承継された際の対価として、一時に支給された金員に該当するのは、当該出願補償のみである。
 そして、本件和解金は、亡丁が本件権利を訴外会社に承継させた後において、同社が本件職務発明に係る特許を独占的に利用することにより得た利益の実績に基づいて算定されたものであり(甲14の4頁)、上記出願補償等の既払金を差し引いたものであるから、本件和解金は、特許法35条3項に定める「相当の対価」のうちの上記〔2〕の特許を受ける権利が使用者等に承継された後に利用実績等に応じて支払を受けた金員であるといえる。
イ 権利確定主義
(ア)所得税法36条1項は、収入すべき金額の計上時期について、権利確定主義を採用し、同規定にいう「収入すべき金額」とは、収入すべき権利ないしは経済的利益が確定した金額をいうとされている(最高裁判所昭和50年(行ツ)第123号同53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁(以下「昭和53年判決」という。))。そして、権利確定主義でいうところの権利等の確定とは、単に当該権利等が債権的に発生しただけでなく、権利等の性質・内容その他の諸事情からみて、権利等が具体的に実現する可能性が増大し、その蓋然性を客観的に認識できるようになった状態を意味するものと解される。
 また、裁判例上も、具体的な数額が和解により定まった場合には、その和解が成立した時点で、客観的に権利の実現が可能な状態になったものと解されている(札幌地方裁判所平成10年6月29日判決・税務訴訟資料232号937頁、最高裁判所平成11年(行ツ)第173号、同年(行ヒ)第132号同年10月26日第三小法廷決定・税務訴訟資料245号130頁)。
(イ)原告らは、亡丁から相続によって承継した本件対価請求権を行使して「相当の対価」の支払を請求するため、別件訴えを提起し、同訴えにおいて訴外会社の受けるべき利益の額を基礎として相当の対価の額が具体的に算定され、平成19年9月4日に本件和解が成立したことにより、本件和解金の支払時期及び金額等が確定したものであって、その時に所得の原因となる経済的利益が確定したと認められるから、本件和解金は原告らの平成19年分の所得というべきである。
 ところで、特許法35条3項にいう「相当の対価の支払を受ける権利」の権利行使ができる時期について、平成15年判決は、「勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは、勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができない」とした上で、「勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となる」と判示している。したがって、使用者等と従業者等との間の契約又は勤務規則等に「相当の対価」の支払期日等について定めがある場合には、少なくとも、その定める支払期日までは、勤務規則等に定める対価の額が特許法35条3項に定める「相当の対価」に満たない場合の不足額の支払を受ける権利の行使はできないといえる。この点に関し、本件和解では、本件和解金に係る権利行使ができることとなったのは、本件権利を訴外会社に承継させたときではなく、亡丁が死亡した後の最終の登録補償の支払時期(平成9年)としている。
 そうすると、本件和解金については、少なくとも、亡丁が死亡した後の平成9年にその権利行使が可能となったものであり、本件和解金は、別件訴えにおいて成立した本件和解によって特許法35条3項にいう「相当の対価」としての実現が、客観的に認識可能となったものであるから、本件和解の成立時に初めて所得の原因となる経済的利益が確定したと認められ、原告らの平成19年分の所得となる。
ウ 原告らの主張について
(ア)原告らは、本件対価請求権の権利自体は、その特許を受ける権利を訴外会社に承継させた時に発生し、かつ、その時に権利を行使できるものであったから、その時をもって権利が確定した時期であるとし、本件対価請求権を承継させた時(昭和61年)の価額をもって、その時の属する年分の亡丁の所得金額の計算上収入金額とすべきものである旨主張する。
 しかし、本件権利の承継時点(昭和61年)においては、〔1〕本件対価請求権は発生しているが行使することはできなかったばかりか、〔2〕本件職務発明に係る製品の販売が開始されたのが平成4年であって、同製品はいまだ販売されておらず(甲14の和解勧告書8頁)、訴外会社の受けるべき利益の額を計算できないため、本件対価請求権に基づく「相当の対価」の額は確定できなかったのであるから、その時点で収入すべき権利等は確定していないというべきである。なお、原告らが主張の根拠とする大阪高等裁判所平成6年5月27日判決・判例時報1532号118頁は、本件と事案を異にするというべきである。
 また、特許を受ける権利の承継の対価として得た「相当の対価」の全てを承継時において支払われるべきであったとした上で、承継時に生じた所得であると解すると、承継後、更正の期間制限を経過して支払われた金員については、課税庁は、修正申告を徴することも更正処分を行うことも不可能になる。その結果、報賞金等を更正の期間制限後に支払うようにすることで、課税を免れることが可能となるし、法令上の規定のない非課税所得が生じることにもなって、課税の公平も損なわれるから、到底認められない。
(イ)原告らは、亡丁からの相続によって取得した本件対価請求権を行使して本件和解金の支払を受けたものであり、それは、金銭債権に基づき請求して債務の弁済を受けたことにほかならず、金銭債権が弁済金に変わっただけで、原告らにとって純資産の増加はないから所得には該当せず非課税であるとも主張する。
 原告らの主張は、亡丁がした本件職務発明についての本件権利が訴外会社に承継された時に、その承継によって取得した本件対価請求権の権利行使ができ、その時点において、具体的な金銭債権が生じていることを前提としているものと思われるが、本件対価請求権は、本件権利が承継された時(昭和61年)に亡丁が取得したものではあるが、本件和解金は、相当の対価のうち特許を受ける権利を使用者等に承継させた後の利用実績に応じて支払われることが確定する対価であり、本件和解の成立によって、初めて使用者等から支払われるべき金銭債権として具体的に確定したものである。
 したがって、亡丁が本件権利を訴外会社に承継させて取得した本件対価請求権は、その時点では、これにより請求することができる金額が確定した具体的な金銭債権ではなく、同じく、原告らが亡丁から相続した本件対価請求権も具体的な金額の確定した金銭債権とはいえない。原告らの主張は、その前提を欠き失当である。
(ウ)原告らは、〔1〕発明の利用実績に基づいて金額が定められるものが本来の実績補償であるとの見解を前提として、〔2〕甲17の文献を引用しつつ、本件規則における出願補償等の制度が実績補償制度に該当するか疑問があるなどとし、本件対価請求権についての権利行使の障害事由はないものと考えられることから、本件権利を訴外会社に承継したことによる本件対価請求権は、承継の時に権利行使できる旨主張する。
 しかし、〔1〕につき、発明の利用実績に基づいて金額が定められるものが本来の実績補償であるとの原告らの主張は原告ら独自の見解に基づくものであり,そのように解すべき根拠は何ら明らかではない。本件和解における和解勧告書においても、訴外会社において、実績補償制度が採用されていることを前提として和解がなされているのであり、自らが合意した本件和解の内容にも反するものであって、失当である。
 また、〔2〕につき、訴外会社には、亡丁の死亡時点においても、出願補償及び登録補償に関する制度のほか、当該発明が「会社業績に大なる功績をした」場合には、別途、報賞を行うものとする規定があるのであり(乙2)、出願、登録補償のみが定められているわけではない。したがって、訴外会社において、実績補償制度が採用されていなかったとはいえない。 
(エ)原告らは、本件和解金に係る遅延損害金の計算の始期が別件訴えの各訴状送達の日の翌日であるから、本件和解金の基が確定し権利行使できるようになったのは、遅くとも別件訴えの提起時以前である旨主張し、本件和解金の金額が本件和解の日以前の別件訴えの各訴状送達の日以前に確定していたかのように主張する。
 しかし、権利確定主義によれば、本件和解が成立した時点で、初めて所得税法上客観的に権利の実現が可能な状態になったものというべきであり、その主張は理由がない。
 また、原告らの主張からすれば、遅延損害金の発生時期とその収入の計上時期とが一致することが前提となるはずであるが、これらは必ずしも一致しない(昭和53年判決参照)のであり、原告らの主張の前提が成り立つとはいえない。
(原告の主張の要旨)
ア 本件和解金の性質
(ア)特許法35条の規定を前提とすれば、同条4項にいう「使用者等が受けるべき利益」とは、特許を受ける権利を譲り受けたことによる利益をいうものと解され、当該発明を利用することによって現実に得られる利益ではない。
 そして、特許法35条3項にいう「相当の対価」の額をどのように決するかについては、特許を受ける権利の価額がベースとなり、これを客観的に算定する方法としては、「使用者が受けるべき利益」につき、使用者が当該発明につき実施を他社に許諾している場合には実施料収入方式により、使用者が当該発明を自ら実施し他社に実施を許諾していない場合には仮想的実施料収入方式により、その額を算定し、これに(1-使用者の貢献度)を乗じて、当該特許を受ける権利の譲渡価額すなわち相当の対価の額を客観的に算定している。本件和解に係る和解勧告書は、仮想的実施料収入方式によって「使用者が受けるべき利益」を算定し、その際、本件職務発明に係る製品の売上高を利用しているが、これは仮想的実施料収入を算定するための資料として使用したものにすぎず、売上高に応じて「使用者等が受けるべき利益」ひいては「相当の対価」の額を認定したものではない。事後的に客観的価額を判断する裁判所として、承継時点における相当の対価の額を認定する資料として参酌したものにすぎない。
 以上からすれば、本件和解金は、本件権利の譲渡の対価の未払分であり、本件和解金の性質は、本件権利の譲渡の対価であることは明らかである。
(イ)実績補償制度との関係
 実績補償制度は、特許関係の実務において、職務発明の特許を受ける権利を使用者に承継させたことによる譲渡の対価を算定することが困難であることから、権利承継のときに一括して対価を支払うのでなく、使用者が発明考案取扱規定などを制定して、職務発明の出願時、登録時及び利用実績が発生した後の一定時期に分割して支払うものとする制度である。実績補償制度においては、これら分割払金は、出願補償、登録補償、実績補償と称されているが、出願補償及び登録補償については、定額で定められており、実績補償については、使用者が裁量で定める報償というものもあるが、発明の利用実績に基づいて金額が定められるものもある。後者が本来の実績補償であろう。
 このような実績補償金の性質に照らせば、実績補償金は、特許を受ける権利の対価ではなく、職務発明の利用実績による利益の一部を従業者に分配するものである。したがって、実績補償をしたからといって、特許を受ける権利の譲渡の対価を支払ったことにはならないものである。
 また、平成15年判決は、実績補償制度による支払金を、特許を受ける権利の譲渡対価である相当の対価の分割払金であるとしている。相当の対価の分割払金である以上、それはもはや発明の利用による利益の分配金の性質を失い、利用実績に基づく実績補償金の算定は、単に特許を受ける権利の譲渡対価の分割払金について、その金額を算定する方法としての意味以上の意味を有しないことになる。
イ 本件和解金の権利の確定時期
(ア)特許法35条3項の規定、これに関する平成15年判決、さらには、同項の相当の対価の支払を受ける権利の発生時期及び権利を行使することができる時期についての裁判例(大阪高等裁判所平成6年5月27日判決・判例時報1532号118頁)からすれば、本件対価請求権は、亡丁が生前に訴外会社に特許を受ける権利を承継させたときに発生したものであり、この権利の行使を妨げるような訴外会社との契約、訴外会社の勤務規則その他特段の事情はなかったから、その発生と同時に権利を行使できたものである。
 相当の対価は、特許を受ける権利を使用者に承継させたことによる対価であり、特許を受ける権利は移転することができる資産であるから、それを承継したことによる対価の額は、承継時において合理的範囲内で確定できるものである。特許法35条3項は、そのことを前提として、従業者と使用者との間における対価決定の交渉力の差を考慮して、従業者は相当の対価の支払を受ける権利を有するとし、4項で相当の対価の額を決定するにつき考慮すべき事項を定めたものである。相当の対価の額が確定すれば、権利行使の障害事由が存在しない限り、直ちに権利を行使できるものであるが、平成15年判決は、実績補償規定等は相当の対価の分割払の方法を定めたものと解すべきと判断しているから、実績補償規定は権利行使の障害事由となり得るものである。
 訴外会社においては、平成16年7月に本件規則の最終改正(平成16年改正規則)がされるまでは、実績補償金を支払う制度はなかったものであり、上記の改正に至るまでの本件規則による出願補償、登録補償、報償の支払に関する規定も実績補償制度に該当するものではなく、権利行使の障害事由は存しないというべきである。
 そして、本件においては、本件対価請求権に係る原告らと訴外会社との間の別件訴えにおいて、裁判所の和解勧告に従って裁判上の和解によって解決したものであるが、その和解勧告はほとんど判決と同様といえるほど証拠に基づき事実を的確に認定し、それに基づき、結論を明確に示している。その和解勧告の内容は、本件権利の譲渡対価である相当の対価について、その承継時の額を認定し、それから承継時以降に支払われた登録補償等の金額を控除するなどして、相当の対価の未払金をもって本件和解金としたものである。すなわち、本件和解金は、相当の対価の未払金であるから、本件対価請求権が承継時に確定し、かつ、権利行使できたのと同様に、本件和解金に係る請求権も承継時に確定し、かつ、権利行使できたものである。
 以上のとおり、亡丁の本件対価請求権は、その特許を受ける権利を訴外会社に承継させた時に発生し、かつ、その時権利を行使できるものであったから、本件対価請求権(承継させた時)の価格をもって、その時の属する年分の亡丁の所得金額の計算上の収入金額とすべきである。
(イ)そして、原告らは、亡丁から、本件対価請求権(既払分を除く。)を相続により取得し、この権利を行使して本件和解金の支払を受けたものである。
 本件の相当の対価の額については、訴外会社が主体的に合理的方法により決定すべき義務を負うところ、同社はこの義務に違反して相当の対価の額を決定せず、亡丁の生前中に同人に支払われた対価の額は、本件規則に定められた20万円足らずにすぎなかった。したがって、本件の相当の対価の未払分の請求権(以下「本件未払金請求権」という。)が亡丁の遺産として残された。亡丁の死亡により、原告らが亡丁の遺産を相続したが、本件未払金請求権は、金額は明確でなかったけれども「金銭に見積もることができる経済的価値のあるもの」(相続税法基本通達11の2-1)であったから、相続の対象となる財産であり、原告らはこれを相続した。
 原告らは、相続した本件未払金請求権に基づき別件訴えを提起し、本件和解金の支払を受けたが、本件和解金は、原告らが亡丁から相続した本件未払金請求権(金銭債権)の弁済金であるから、原告らの所得には該当しない。
 さらにさかのぼって考えると、別件訴えにおいては、原告らが相続した本件未払金請求権について、相続時にはその額は不明確であった同請求権の額が3433万0960円と明確にされたのであるから、これによって原告らに課税上の問題が発生するとすれば、それは相続税に関するものであり、所得税に関するものではない(平成19年法律第96号による改正前の所得税法9条1項15号)。しかるに課税庁は、相続税の課税は除斥期間の経過によりできないとみたのか、本件各更正処分により本件和解金に対する所得税の課税をしたが、所得税を課税すべき理由はない。
 いずれの理由によっても、原告らが本件和解金につき、所得税を課税されるべき理由はない。
ウ 被告の主張について
(ア)被告は、本件和解金は、亡丁が本件権利を訴外会社に承継させた後において、同社が本件職務発明に係る特許を独占的に利用することにより得た利益の実績に基づいて算定されたものであり、本件和解金は、特許法35条3項に定める「相当の対価」のうちの〔2〕特許を受ける権利が使用者等に承継された後に利用実績等に応じて支払を受けた金員であると主張する。
 しかし、本件和解金は、訴外会社における本件職務発明の利用実績に応じて支払われたものではない。そもそも、発明の利用(実施、販売)は、使用者が製造設備その他の人的、物的資源の投入をし、かつ、リスクを負担して行われるものであるから、発明の利用による利益は全て使用者に属するものであり、発明者である従業者には、本来、その利益の分配を要求する権利はない。特許を受ける権利を譲渡したことによる対価請求権と発明の利用により得られる利益に対する分配請求権とは異質で別個のものであり、特許法35条3項に規定する相当の対価の中に、特許を受ける権利の承継の対価の請求権と発明の利用による利益に対する分配請求権が並存するなどということはあり得ない。
(イ)被告は、本件和解金が確定したのは、本件和解が成立した平成19年9月であると主張する。
 しかし、本件和解における和解勧告においては、本件権利を訴外会社に承継した時における相当の対価の額を認定し、これから承継時以降に支払われた一部弁済金を控除して本件和解金を算定したものであるから、本件和解金の基が確定したのは、本件権利についての相当の対価の額が確定した時、すなわち、本件権利を訴外会社に承継させた時というべきである。
 そして、本件和解金には、別件訴えの各訴状送達の日の翌日から口頭弁論終結時までの間の遅延損害金も加算されているが、このことは、本件和解金の基が確定し権利行使できるようになったのが、遅くとも別件訴えの提起時以前であることを明確に示すものである。
 消滅時効の起算点としての「権利を行使することができる時」と権利確定主義における確定のリーガル・テストとしての「権利を行使することができる時」とは必ずしも同一ではなく、特に、譲渡所得の収入金額について権利確定の時期を判断するためのリーガル・テストとしての「権利を行使することができる時」は、譲渡資産を譲受人に引渡した時、また、不動産については所有権移転登記を経由した時とすべきであり、譲渡代金につき分割払の約定がある場合でも、そのような定めは、消滅時効の起算点ではあっても、権利確定の時期とはすべきではない。
 被告の指摘する裁判例(昭和53年判決)は、金銭債権についてその権利の存否が争われ、その権利の確定は裁判によるほかないものであるとの判断の下、裁判の確定ないし裁判上の和解の成立の時をもって権利確定の時としたものである。これに対し、本件対価請求権は、権利の存否自体には争いはなく、相当の対価の額について争われたものであり、その権利の確定は裁判を待たなければ確定できない性質のものではなかったものであり、上記裁判例における金銭債権とは性質が全く異なるものであり、本件には妥当しない。
(ウ)被告は、本件権利の承継時点(昭和61年)においては、〔1〕本件対価請求権は発生しているが行使することはできなかったことや、〔2〕本件職務発明に係る製品の販売が開始されたのが平成4年であって同製品はいまだ販売されておらず、訴外会社の受けるべき利益の額を計算できないため、本件対価請求権に基づく相当の対価の額は確定できなかったものであって、収入すべき権利等が確定したのは本件和解の成立時であり、本件和解金は原告らの所得である旨主張し、さらには、本件和解金は、本件権利を訴外会社に承継させた後の利用実績に応じて支払われることが確定する対価であり、本件和解の成立によって初めて使用者等から支払われるべき金銭債権として具体的に確定したものであるなどと主張する。
 しかし、本件職務発明に係る製品が販売されるまで訴外会社の受けるべき利益の額を計算できないというが、相当の対価を算定する基礎となる訴外会社の受けるべき利益は、特許を受ける権利の価値から通常実施権の価値を控除したものであって、権利自体の価値であり、現実に発明を利用して得た利益ではない。
 なお、被告は、承継時に、本件対価請求権ないし本件和解金の権利確定がされたとすると、課税を免れることが可能となり、課税の公平を損なうというが、この点は課税のための税務調査の工夫により、もしまた、現行税法では解決が困難であるというのであれば、新たな立法措置により解決すべきものであり、現行法の解釈を曲げて解決することは租税法律主義に反し許されないことは明らかである。
(3)争点(3)(本件和解金に係る所得の種類(雑所得か、一時所得か))について
(被告の主張の要旨)
ア 本件和解金の所得区分が雑所得であること
(ア)a 一時所得に関する所得税法34条1項の規定及び同規定に係る改正の経緯からすると、同条項にいう利子所得等に当たらない所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であっても、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するものは、一時所得に該当しない旨の規定は、一時所得を、一時的、偶発的に生じた所得に限定しようとする趣旨の下に定められた規定であると解するのが相当であり、その所得に対価性がある場合は、一時所得に当たらないと解される。
b 所得税法33条1項にいう譲渡所得とは、資産の譲渡によって一時に実現する所得で、その資産の保有期間中の増加益による所得をいうものと解される。
 また、この譲渡所得の基因となる「資産」の意義については、同法33条2項に該当するもの(たな卸資産等)及び金銭債権以外の一切のあらゆる資産を含む広い概念であり、動産、不動産のほか、特許権、著作権等の無体財産権はもちろん、借家権、営業権や行政官庁の許可、認可、割当等により発生した事実上の権利など一般にその経済価値が認められて取引の対象とされ、キャピタルゲインが生じるような全ての資産を含むものと解されている(所得税基本通達33-1)。
c 雑所得に関する所得税法35条1項に関し、同項は、雑所得の内容については特に定義しておらず、雑所得というバスケット・カテゴリーを設け、他の所得分類に該当しないものは全てこの所得分類で受ける方法を採っている。
 利子所得等のいずれの所得にも該当しないもののうち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」の2つの要件のいずれも満たす時は一時所得として、いずれかの要件を欠くときには雑所得として所得税が課されることとなる。
(イ)別紙2「関係法令等の定め」の1(5)の本件通達は、「業務上有益な発明をした者が当該発明に係る特許を受ける権利を使用者に承継させたことにより支払を受けるもの」の所得区分について、〔1〕「これらの権利の承継に際し一時に支払を受けるものは譲渡所得」、〔2〕「これらの権利を承継させた後において支払を受けるものは雑所得」と定めている(上記〔1〕の「特許を受ける権利の承継に際し一時に支払を受けるもの」を「本件通達〔1〕の金員」、上記〔2〕の「特許を受ける権利を承継させた後において支払を受けるもの」を「本件通達〔2〕の金員」という。)。
 所得税法上は、特許法35条3項の「相当の対価」について、分割払方式の実績補償制度等を踏まえ、支払われる金銭の実質に即した所得区分を行うべきであり、本件通達は、このような考えに基づくものであって、合理性を有するものである。
(ウ)a 本件和解金は、亡丁が本件権利を訴外会社に承継させた後に有することとなった本件対価請求権を、亡丁から相続した原告らが、その権利行使としての別件訴えによって成立した本件和解に基づいて支払われた金員であることからすれば、本件和解金が、本件通達〔2〕の金員に該当することは明らかである。
b 本件通達〔2〕の金員は、特許法35条3項に定める「相当の対価」として、分割払方式又は相当の対価請求権の権利行使(判決あるいは和解により確定する場合を含む。)により支払われる金員であり、さらに、当該金員は、従業者等が職務発明をしたことによって取得する「特許を受ける権利」を使用者等に承継させた後に、利用実績等に応じ、相当の対価請求権に基づき支払われる金員であるから、利子、配当、不動産、事業、給与、退職、山林所得のいずれの所得にも該当しない。
c 本件通達〔2〕の金員は、特許を受ける権利を承継させた後において、使用者等の利用実績等に基づいて支払を受けるものであるから、資産の移転によって一時に実現した資産の保有期間中の増加益による所得には当たらない。したがって、本件通達〔2〕の金員に係る所得は、譲渡所得に該当しない。
d 所得税法34条1項にいう「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」との規定は、「役務の対価」としての「性質」を有しないことを一時所得の条件の一つとしていると解され、このことは「資産の譲渡の対価の性質を有しないもの」との定めの解釈についても別意に解する理由はなく、「譲渡の対価」としての「性質」を有しないことを一時所得の条件の一つとしていると解するべきである。
 そして、「給付」が抽象的・一般的な「労務・役務」行為に密接・関連してなされれば、その対価性は肯定されるというべきである。職務発明は、職務の遂行として発明をなした場合であり、従業者等の職務に伴う役務から生みだされた発明といえる。
 これらの点を踏まえると、本件通達〔2〕の金員は、従業者等の職務に伴う役務から生じた職務発明に基因して支払われる金員であることから、その所得は、「役務の提供の対価としての性質を有するもの」に該当し、「対価性の要件」すなわち「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有するもの」に当たるから、一時所得の課税対象には該当しないというべきである。
e 本件通達〔2〕の所得は、利子所得等及び一時所得のいずれにも該当しないことから、結果、雑所得に該当する。
イ 原告らの主張について
(ア)原告らは、亡丁が本件権利を訴外会社に承継した当時の社会事情からすれば、一般に、勤務規則等に従って支払われるものが相当の対価の全てであると解されていたから、亡丁において、本件和解金に係る請求権が具体的に発生しているとはいえない事情にあり、別件訴えにより、初めて原告らに具体的に発生したものであるから、原告らに原始的に発生した未払金請求権に基づく本件各和解金は、一時所得に該当する旨主張する。
 しかしながら、本件和解金は、本件権利を訴外会社に承継したことにより、亡丁に本件対価請求権が発生したことを前提とするものである。そして、本件対価請求権を相続により取得した原告らが、本件権利の譲渡に係る相当の対価の不足額を訴外会社に請求する別件訴えを提起したことで、本件和解により本件和解金が具体的に確定したものであるから、本件対価請求権が原告らに原始的に発生したものということはできない。上記原告らの主張は、権利の発生と確定(実現)とを混同したものというべきである。
(イ)原告らは、最高裁判所昭和40年(行ツ)第40号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2013頁(以下「昭和47年判決」という。)を引用するが、上記判決は、死亡した役員について、一般的な慣行に照らせば、退職手当金等の支給は予定されていたといえるものの、退職手当金等請求権が発生する前に死亡し、その後、死亡した役員に退職手当金等の支給が決議された事案に関するものであり、被相続人たる亡丁がその死亡時において既に本件対価請求権を有しており、原告らが、本件対価請求権を相続によって取得し、これを原始的に取得したものではない本件に妥当しないことは明らかである。
(原告の主張の要旨)
ア 本件和解金は本件未払金請求権の弁済金であり、その未払金は本件対価請求権から既払分を控除した残額ではあるけれども、亡丁が生存した期間における当時の慣習においては、特許法35条3項に規定する相当の対価については、使用者等において勤務規則等の定めに従って支払われるものが全てであると解されていたもので、仮にそうであるとすれば、亡丁の生前に本件未払金請求権が発生する余地はない。原告らは、その後の社会事情の変化に触発されて、別件訴えを提起し、その訴えにおいて、初めて本件未払金請求権を原始的に取得し、それに基づき本件和解金を取得したものといえる。そうすると、本件和解金の収入を計上すべき時期は、本件和解が成立した平成19年である。
イ(ア)本件和解金は、亡丁の本件職務発明が基因となっているとはいえ、原告らは亡丁の権利を相続してそれに基づき本件和解金を得たものではなく、また、原告らが有する何らかの権利ないし経済的利益を訴外会社に譲渡して得たものでもないから、譲渡所得には該当しない。
 次に、雑所得は何らかのサービスを相手方に提供していること、あるいは、所得が反復していることが必要とされているが、原告らは訴外会社に何らサービスを提供していないし、反復している所得でもないから、雑所得には該当しない。
 結局、本件和解金は、訴外会社から無償で一時に取得したものであるから、一時所得に該当する。
(イ)被告は、従業者等が使用者等から支払を受ける金員(相当の対価)が分割払方式の実績補償制度によって支払われる場合の金員については、〔1〕特許を受ける権利が使用者等に承継された際に一時に支給される金員と、〔2〕特許を受ける権利が使用者等に承継された後に利用実績等に応じて支払を受ける金員とがあり、〔1〕の金員は譲渡所得であり、〔2〕の金員は雑所得である旨主張する。
 しかし、分割払方式の実績補償制度による支払金は、相当の対価の額を超えない限り、全て一様に相当の対価の分割払金であるから、その所得税法上の所得の種類は、相当の対価すなわち特許を受ける権利の譲渡の対価が譲渡所得であるのと同様に譲渡所得であるのは当然である。
 そして、資産の譲渡対価については、支払時期及び支払方法(分割払など)にかかわらず、所得税法上の所得の種類は譲渡所得であり、その収入金額の権利確定の時期は、譲渡資産の権利が譲渡の相手方に移転するときである。
 さらに,特許を受ける権利を使用者に承継した従業者に対する所得税の課税に関する本件通達を、当該従業者の相続人である原告らに適用することは、租税法律主義にも反するものであり、許されないというべきである。
ウ 昭和47年判決は、被相続人の退職金の相続に関する事件で、被相続人が生前に退職して退職手当金等が支給されるべき場合において、一応退職手当金等の支給が予定されていたとしても、被相続人の死亡時までに退職手当金等請求権が発生していなかったものについては、その後、支給額が確定されて、初めて、支給を受ける具体的な権利が相続人に発生することになり、その場合は、相続人等の退職所得ではあり得ず、相続人等の一時所得になる旨を判示しており、本件にも妥当するものである。 
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件各通知処分の取消しを求める訴えは適法か)について
 本件においては、前記第2・2前提事実(4)のとおり、原告らが本件和解金に係る所得は一時所得に該当するとして確定申告をしたところ、原処分庁が上記の所得は雑所得に該当するとして本件各更正処分(増額更正処分)等をしたのに対し、原告らが、本件各更正処分等を不服として異議申立て及び本件第1次審査請求をした後に、本件和解金に係る所得は原告らに帰属せず雑所得の金額は零円であるとする本件各更正請求をしたが、原処分庁が本件各通知処分をしたものであって、原告らのした上記の各行為に手続上の瑕疵は見当たらないところである。
 このような事実関係の下において、確定申告により納付すべき税額等がいったん確定した後にされた増額更正処分についてする不服申立て及び訴えにおいて、納税者が、当該増額更正処分のうち確定申告に係る納付すべき税額等を超える部分について取消しを求めることができることはもとよりであるが、後に適法にした更正の請求において主張した確定申告におけるものよりも少額の納付すべき税額等を超える部分についても当然にその取消しを求めることができる旨や、一定の場合にこれを求めることができる旨を定める法令の規定は見当たらず(なお、最高裁判所昭和38年(オ)第499号同39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁参照)、むしろ、これらの点については、増額更正処分とその後にされた更正をすべき理由がない旨の通知処分のそれぞれを別個の処分として不服申立ての期間の制限等の定めに委ねることによって処理することが可能であり、同一の国税の納付義務の確定に関して上記のような複数の不服申立てがされることによる問題については、通則法104条の規定によりそれぞれの不服申立てを併合するなどして対応することが想定されているということができる。
 そして、原告らがした本件各通知処分についての不服申立て及び本件各訴えのうちのこれらの取消しを求める部分につき他に手続上の瑕疵の見当たらない本件においては、本件各訴えのうちの上記の部分については、適法なものというのが相当である。
2 争点(2)(原告らが支払を受けた本件和解金は平成19年分の収入に帰属するか)について
(1)本件和解金の性質について
ア 特許法35条3項等の趣旨
 特許法35条の規定の下において、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において、特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができ、また、その承継について対価を支払う旨、対価の額及び支払時期等を定めることも妨げられることがないというべきである。しかし、いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであり、同条の趣旨及び規定内容に照らしても、あらかじめ対価の額を確定的に定めることが許容されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、同条3項及び4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それをもって直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項及び4項所定の相当の対価に当たると解することができるものである。したがって、勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解される(平成15年判決参照)。
イ 特許を受ける権利等の承継についての相当の対価の額の算定に関する特許実務
 甲17及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
 特許法35条3項の規定に基づく職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させることについての「相当の対価」の額に関しては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」等を考慮して定めなければならないとされているところ(同条4項)、当該承継の時点において承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化していない場合には、上記の相当の対価の額を確定的に定めることは著しく困難であることから、特許実務においては、当該承継の時点で一括して対価を支払うのではなく、特許出願時、特許権の設定の登録時及び実績補償時(使用者等が自ら当該特許発明を実施して利益を計上し、又は他者にその実施を許諾して実施料の支払を受けた時)等に分けて対価を支払ういわゆる分割払方式の実績補償制度が採用されることが多いとされる。
ウ 訴外会社における職務発明の取扱いについて
 別紙2の関係法令等の定めの3のとおり、訴外会社においては、昭和52年に本件規則が定められ、同規則においては、従業員等のした発明が職務発明に属する場合、その発明についての国内外の特許を受ける権利及び特許権は全て訴外会社が承継し、訴外会社に帰属するものとされた上で(4条)、訴外会社は特許出願をしたとき及び特許権の設定の登録をしたときに補償金を支給するものとされ(8条)、また、訴外会社が権利を承継した特許発明等が会社業績に大なる貢献をしたものと認められたときは、訴外会社はこれを報賞するとされていた(9条)。そして、本件規則運営要領においては、補償金や報賞の支給についての詳細が定められるとともに、報賞は、会社業務に大なる貢献をした発明の完成について、極めて顕著な功績のあった者を対象として行う旨が(5条1項)、追賞は、報賞支給後相当期間を経ても、当該事案の業績貢献度が極めて大なるときにすることができる旨が(同条2項)、それぞれ定められていた。さらに、社員就業規程においては、報賞に係る社長表彰について定められていた。
 その後に定められた平成16年改正規則では、特許出願をしたとき及び特許権の設定の登録をしたときにおける補償金の支給のほかに、実績補償金も支給される旨が明記され、その額は対象製品の年間の全世界売上高をベースに算定するものとされた上で、実績補償金に関する定めについては、平成6年4月1日以降、特許として有効に存続する職務発明を使用している製品全てに遡及して適用されるものとされた。
エ 別件訴えにおける本件和解の成立までの経過
 証拠(甲14、乙7の1・2、8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 別件訴えは、原告らが、訴外会社に対し、上記アに述べたのと同旨の平成15年判決の考え方を踏まえ、亡丁が同社に在職中にした本件権利の譲渡の相当の対価の支払を求めるものとして提起したものであり、同訴えにおいては、特許法35条3項及び4項所定の相当の対価の不足額及びその支払を求める権利の存否が争われていた。
 裁判所は、和解を勧告し、和解勧告書において、同法35条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、単なる通常実施権を超えたものの承継により得た利益、すなわち、〔1〕特許権者が自らは実施せず、当該特許発明の実施を他社に許諾し、これにより実施料収入を得ている場合においては、当該実施料収入がこれに該当し、〔2〕特許権者が他社に実施許諾をせずに、当該特許発明を独占的に実施している場合においては、他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者があげた利益、すなわち、他社に対する禁止権の効果として、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較して、これを上回る超過売上高を得たことに基づく利益が、これに該当するとした。
 そして、訴外会社は、日本国内及び海外において、自ら独占的に特許発明を実施して、その実施品を製造販売しており、第三者に対する実施許諾を一切していないことから、訴外会社が特許発明を独占的に実施したことにより得た利益を前提として、同項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定するものとし、本件職務発明に係る実施品の販売開始である平成4年9月以降、同発明に係る3件の特許権の存続期間満了(平成18年)までの期間の総売上高を基礎として、同売上高中の関連特許の独占権に起因する売上高に、仮想実施料率を乗じ、さらに、これに特許発明の寄与度を乗じることにより、本件職務発明の独占的実施により得た利益をもって、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とした。
 その上で、上記利益の額に、使用者の貢献度及び共同発明者中の亡丁の貢献度を考慮して、本件権利の承継についての相当の対価の額が算定された。
 さらに、亡丁又は相続人は、昭和61年に特許出願についての補償金、平成元年に報賞、平成3年に追賞並びに平成8年及び平成9年に特許権の設定の登録についての補償金を受領しているところ、これらも相当の対価の一部を成しているとして、上記既払分として合計19万5717円を控除して、相当の対価の額に不足する額が算定された。
 以上を踏まえた和解条項案について、当事者双方が受諾し、別件訴えは、平成19年9月4日、裁判上の和解により完結した。
オ 上記アないしエに述べたように、〔1〕特許法35条の規定の下において、使用者等が勤務規則等において定めたところに基づき職務発明について特許を受ける権利等の承継につき支払うべきものとされる対価の額が、同条4項の規定に従って定められる相当の対価の額に満たない場合には、当該職務発明をした従業者等は、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができること、〔2〕特許実務においては、一般に職務発明について特許を受ける権利等の承継があった時点でこれについての相当の対価の額を算定することは困難なことを踏まえて、分割払方式の実績補償制度が採用されることが多いとされており、訴外会社においても同様の制度が採用されていたものとみることができること(訴外会社においては、平成16年改正規則において、分割払方式の実績補償制度が明示的に採用されていたし、このような定めが置かれる前においても、同制度に類する報賞及び追賞の制度が採用されていた。)、〔3〕訴外会社において、平成16年改正規則により採用された上記の制度の下では、平成6年4月以降特許として有効に存続する職務発明(本件職務発明の一部もこれに当たる。)に係る実績補償金の額については、それを使用している製品の売上高をベースに算定するものとされていたこと、〔4〕そして、本件和解においても、本件和解金を定める基礎とされた本件権利を訴外会社に承継させたことについての相当の対価の額の算定に当たっては、本件職務発明の実施(実施品の販売)の開始から同発明に係る特許権の存続期間の満了までの国内外の現実の売上高(実績)等が考慮されたことなどに照らすと、本件和解金は、本件権利の承継についての特許法35条3項及び4項所定の「相当の対価」の一部に当たるものであって、その額は、訴外会社において採用されていた分割払方式の実績補償制度を踏まえ、本件権利が訴外会社に承継された後の本件職務発明の実施の実績を考慮して算定されたものであると認めるのが相当である。
カ 原告らの主張について
 原告らは、特許法35条3項及び4項所定の「相当の対価」の額の算定に当たっては、職務発明について特許を受ける権利を使用者等が承継した後に当該発明を現実に利用したこと(利用実績)によって得られる利益は考慮されるべきではないとの前提に立つ主張をする。
 しかしながら、上記の「相当の対価」の額については、当該承継の当事者又はその承継人の合意によっても定めることができるものであり、当該承継の効果が発生した後にそのような合意をすること又はその際に原告らのいう利用実績を考慮することが排除されると解すべき根拠は見当たらず、上記の原告らの主張は、既に認定判断したところを左右するものとはいい難い。
(2)本件和解金の帰属する年分について
ア 所得税法36条1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定しているところ、収入金額又は総収入金額の計算について、「収入すべき金額」と定め、「収入した金額」としていないことから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、当該権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解されるが、収入の原因となる権利が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考慮し決定されるべきものであり(最高裁判所昭和43年(オ)第314号同49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号186頁、昭和53年判決参照)、収入の原因となる権利が確定したというためには、それが所得の実現があったものとして納税者に具体の所得税の納付義務を課する基因となる事由であることを考慮すると、単に権利の発生要件が満たされたというだけでは足りず、客観的にみて権利の実現が可能な状態になったことを要するというべきである。
イ ところで、〔1〕原告らは、訴外会社が本件権利の承継について支払った額が特許法35条3項及び4項所定の「相当の対価」の額に満たないとして、その不足額の支払を求める別件訴えを提起し、同訴えにおいては、同不足額及びその支払を求める権利の存否が争われていたこと、〔2〕同訴えにおいて成立した本件和解に係る裁判所の和解勧告書においては、同不足額の算定に当たり、本件職務発明の実施品の販売が開始された時点から同発明に係る特許権の存続期間の満了までの国内外の売上高を基礎としつつ、さらに、仮想実施料率、当該特許発明の実施品に対する寄与度や、使用者及び従業者等の貢献度等の様々な要素が考慮されているが、このように、〔1〕に述べた「相当の対価」の額に不足する額の支払を求める権利の具体的内容を定めることは、相当に複雑で技術的にも困難を伴うものであったこと、〔3〕上記の各規定に基づく職務発明について特許を受ける権利等の承継についての相当の対価の請求権は、抽象的には当該承継の時点で発生するものであるものの、そもそも、上記の各規定に係る制度は、職務発明について特許を受ける権利等の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図ったものであり、使用者等の定めた勤務規則等に対価の額等に関する条項がある場合においても、相当の対価の具体的内容は、最終的には同条4項の規定の趣旨・内容に合致するか否か等を検討して定まるものであって(平成15年判決参照)、市場における対等な当事者間において契約自由の原則の下で特許権の譲渡(売買)がされる場合(同法33条参照)等とは同列には論じ難い面があることなどに照らすと、原告らの収入である本件和解金の原因たる権利については、本件和解が成立した平成19年9月の時点において、初めて、客観的にみて同権利の実現が可能な状態になったものと認められ、その時点をもって収入の原因となる権利が確定したものと認めるのが相当である。
 原告らは、本件和解金の原因たる権利については本件権利の承継があった当時からその行使を妨げる事情はなかった等として、所得税法上の処理の在り方について主張するが、既に述べたところに照らし、いずれも採用することができない。なお、原告らの主張のうち、権利の消滅時効の起算点や債務の履行の遅滞による責任の発生時期に関する考え方等を挙げて論ずるものは、対象とする事柄を異にし、既に認定判断したところを左右するものとはいい難い。
3 争点(3)(本件和解金に係る所得の種類(雑所得か、一時所得か))について
(1)所得税法の定め
 所得税法は、23条以下の規定において、所得の種類及び各種所得の金額の計算方法について定めているところ、同法33条1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨を、同法34条1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨を、同法35条1項は、雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう旨を定めている。
 所得税法が上記のように所得を区分しているのは、所得は、その性質や発生の態様によって担税力が異なるという前提に立って、租税負担の公平を図るため、各種類の所得について、それぞれの担税力の相違を踏まえ、その性質に応じた金額の計算方法を定め、また、その発生の態様に応じた課税方法を定めるためであると解される。
 そして、既に掲げた同法36条1項の規定の文理に照らすと、特定の収入がいずれの種類の所得に係るものであるかは、それをその年において収入すべき金額に当たるとしてその年分の各種所得の金額の計算上処理すべき時点を基準に判断されるものと解される。
(2)ア 既に述べたところに照らすと、本件和解金については、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得及び山林所得のいずれにも該当しないことは明らかである。
イ また、一般に譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転する機会に、これを清算して課税する趣旨のものであり、年々蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみるものであって(所得税法33条3項に規定する譲渡所得の計算の方法参照)、いわゆる累進税率の下における租税負担の大きさを考慮して、課税標準の計算等において特別の配慮をするものとされている(最高裁判所昭和41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁参照)。
 既にみたように、本件和解金は、本件権利を訴外会社が承継した時点でその時点における本件権利の客観的な交換価値についての対価として支払われたものではなく、承継の後に訴外会社が本件職務発明を現実に実施したことを踏まえて特許法35条3項及び4項の規定に基づき支払うこととされたものであり、既に述べたような譲渡所得に対する課税の趣旨に照らし、本件和解金に係る所得が譲渡所得に該当するとは解し難い。
ウ その上で、本件和解金に係る所得が一時所得に該当するか検討する。
 ところで、所得税法は、一時所得について、(1)に記載したように定めており、一時的かつ偶発的な所得に限定するものとされているところ、これは、このような所得については、その性質上、担税力が低いとの考慮によるものと解される。一方、同法において各種類の所得を区分することとした既に述べた趣旨に鑑みれば、一時所得に関する同法34条1項にいう「労務その他の役務(中略)の対価としての性質を有」する所得については、特定の給付等とそれを受けた者が提供した役務とが契約の定め等により反対給付の関係にあるような場合における当該給付等に限られるものではなく、特定の役務の提供がされたことに密接に関連して当該者に対してされた給付等であってそれがされた事情に照らし偶発的に生じた利益とはいえないものも含まれると解するのが相当である。
 既に述べたとおり、本件和解金については、本件規則にいう「従業員が会社の業務範囲に属する事項について発明考案をなした場合」に係る本件職務発明について特許を受ける権利である本件権利を訴外会社が承継したことについての特許法35条3項及び4項所定の「相当の対価」の額の一部に当たるものであり、亡丁が訴外会社の従業者として訴外会社に役務の提供をしたことに密接に関連してその承継人である原告らに対して訴外会社からされた給付であって、それがされた事情に照らし偶発的に生じた利益とはいえないものと認められるから、これに係る所得が一時所得に該当するとは解し難い。
 なお、これまでに述べたところに照らすと、本件和解金に係る所得については、本件権利の承継に由来するものであり、その意味において偶発的に生じたものとはいえず、既に述べたように「資産の譲渡による所得」(所得税法33条1項)である譲渡所得に該当するとはいえないものの、同法34条1項の規定にいう「資産の譲渡の対価としての性質を有」するものに当たることは否定し難いというべきであって、これが一時所得に該当するとはやはり解し難い。
 そうすると、本件和解金に係る所得は、雑所得に該当するものというべきである。
 以上と異なる前提に立つ原告らの主張は、採用することができない。
4 以上に述べたところのほか、弁論の全趣旨によれば、本件各更正処分等及び本件各通知処分の根拠及び適法性については、別紙4に記載のとおり認めることができる。
5 結論
 以上の次第であって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 八木一洋 裁判官 石村智 裁判官 藤井秀樹

(別紙1)指定代理人目録
菊池豊 外7名
(別紙2)関係法令等の定め
1 所得税法等の定め
(1)所得税法33条1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨を定めている。
(2)所得税法34条1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨を定めている。
(3)所得税法35条1項は,雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう旨を定めている。 
(4)所得税法36条1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨を定めている。
(5)所得税基本通達23~35共-1《使用人等の発明等に係る報償金等》(1)は、業務上有益な発明、考案又は創作をした者が当該発明、考案又は創作に係る特許を受ける権利、実用新案登録を受ける権利若しくは意匠登録を受ける権利又は特許権、実用新案権若しくは意匠権を使用者に承継させたことにより支払を受けるもののうち、これらの権利の承継に際し一時に支払を受けるものは譲渡所得、これらの権利を承継させた後において支払を受けるものは雑所得とする旨を定めている(乙6。以下「本件通達」という。)。
2 特許法の定め
(1)特許法35条1項は、使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する旨を定め、同条2項は、従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする旨を定めている。
(2)特許法35条3項は、従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する旨を定め、同条4項は、同条3項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない旨を定めている。
3 訴外会社における発明の取扱いについての定め
(1)昭和52年制定の従業員発明考案取扱規則(乙2。以下「本件規則」という。)
 訴外会社は、昭和52年9月1日、従業員が会社の業務範囲に属する事項について発明考案をなした場合について、以下のように本件規則を制定し、同日から実施するものとした。
ア 本件規則4条1項は、発明が職務発明に属する場合、その発明について国内及び国外の特許を受ける権利並びに特許権は全て訴外会社が承継し、訴外会社に帰属するものとする旨を定めている。
イ 本件規則8条1項は、会社は次の各号に掲げる補償金を発明者に支給する旨を定めている。
(ア)1号 国内出願の場合
a 会社が特許を受ける権利を承継した発明につき特許出願をしたとき
出願一件毎に各発明者に対し、1000円
b 会社が出願した発明につき、特許登録されたとき又は特許権を承継したとき
特許一件につき1万円
(イ)2号 外国出願の場合
会社が特許を受ける権利を承継した発明につき外国出願をしたとき
複数国への出願もこれを一件とみなし各発明者に対し、1000円
 ただし、出願国の法令上必要とされる補償額が本号により支給する合計金額を超えるときは、その都度決定する。
ウ 本件規則9条1項は、会社が権利を承継した特許発明又は実施権の設定を受けた特許発明が、会社業績に大なる貢献をしたものと認められたときは、会社はこれを報賞する旨を定め、同条2項は、報賞の方法、取扱いについては別に定める旨を定めている。
(2)昭和52年設定の従業員発明考案取扱規則運営要領(乙3。以下「本件規則運営要領」という。)
 訴外会社は、昭和52年9月1日、本件規則の運営につき本件規則運営要領を定めており、同運営要領には、次のように定められている。
ア 本件規則運営要領4条(本件規則8条関係)2項は、補償金の支給に関する事務取扱いの詳細については、別紙に定める「補償金事務取扱について」による旨を定め、「補償金事務取扱について」において、国内出願の補償金につき、出願時は出願1件毎に各発明者に対し1000円、登録時は1件につき1万円(共同発明の場合は頭割、等分額が2000円に満たない時は1人あて2000円、3名の共同発明の場合1人当たり3400円)とし、外国出願の補償金につき、出願発明1件につき各発明者に対し1000円とする旨を定めている。
イ 本件規則運営要領5条(本件規則9条関係)1項は、報賞は、会社業績に大なる貢献をした発明の完成について、極めて顕著な功績のあった者を対象として行う旨を定め、同条2項は、報賞は、原則として社長表彰を受けた年の年末賞与支給時に支給し、報賞支給後相当期間を経ても、当該事案の業績貢献度が極めて大なるときは追賞することができる旨を定めている。
(3)昭和62年改訂後の社員就業規程(乙4)
 昭和62年4月1日に改訂された後の社員就業規程には、本件規則運営要領5条に定める社長表彰について、次のように定められている。
ア 社員就業規程402条は、社員又はその団体が次の各号の一に該当するときは、これを表彰する旨を定め、同条3号は、「事業上有益な発明・発見・改良等をなしたとき」を挙げている。
イ 社員就業規程403条は、表彰はその内容により次の2種に分け、必要により併せて行う旨を定め、同条1号は表彰状授与を、同条2号は表彰品(金)授与(程度・金額はその都度定める。)を挙げている。
(4)平成16年改正後の従業員発明取扱規則(乙5。以下「平成16年改正規則」という。)
 本件規則は、制定後数回改正されているところ、平成16年の特許法の改正に伴い、平成16年7月1日(同年4月1日実施)に改正された後の平成16年改正規則には、次のように定められている。
ア 平成16年改正規則4条は、発明が職務発明に属する場合、その発明について国内及び国外の特許を受ける権利並びに特許権は、全て発明のなされた時点において訴外会社がこれを承継し、承継の時点において、訴外会社は、発明者に対して、同規則の内容を説明するものとする旨を定めている。
イ 平成16年改正規則8条は、訴外会社は、職務発明につき、次の各号に掲げる補償金を発明者に支給する旨を定め、同条1号は、訴外会社が特許を受ける権利を承継した発明につき特許出願したときは、出願1件毎に各発明者に対し3000円と、同条2号は、同条1号の出願が特許登録されたときは、特許1件につき2万円とする旨を定めている。
ウ 平成16年改正規則9条1項は、職務発明を利用した製品が会社業績に貢献したときは、会社は当該発明者に実績補償金を支給する旨を定め、同条2項は、実績補償金の額については、対象製品の年間(4月1日から翌年3月31日まで)の全世界売上高をベースに算定した額(税込み)が毎年1回支払われるものとする旨を定めている。
 そして、平成16年改正規則付則は、同規則9条については、平成6年4月1日以降、特許として有効に存続する職務発明を使用している製品全てに遡及して適用されるものとする旨を定めている。
エ 平成16年改正規則15条1項は、同規則は、発明者が退職又は死亡した後も適用される旨を、同条2項は、同規則により同規則8条の補償金又は9条の実績補償金を受ける権利を有する発明者が死亡したときは、当該権利はその相続人が承継する旨を定めている。
以上
(別紙3)相続関係図
(別紙4)本件各更正処分等及び本件各通知処分の根拠及び適法性
第1 本件各更正処分の根拠について
 被告が本件各訴えにおいて主張する原告らの各納付すべき税額等は、次のとおりである。
1 原告甲について
(1)総所得金額(別表1の〔1〕欄の金額) 882万5214円
 上記金額は、次のア及びイの各金額の合計額である。
ア 給与所得の金額(別表1の〔2〕欄の金額) 4万2618円
 上記金額は、原告甲の平成19年分の所得税の確定申告書(以下「原告甲確定申告書」といい、原告乙及び原告丙も同様に表記する。甲1の1枚目)に記載された金額である。
イ 雑所得の金額(別表1の〔4〕欄の金額) 878万2596円
 上記金額は、原告甲が本件権利の承継についての相当の対価として受領した2466万円から、原告甲確定申告書(甲1の2枚目)に一時所得の収入を得るための必要経費等として記載された1587万7404円を控除した金額である。
(2)所得控除の金額の合計額(別表1の〔5〕欄の金額) 65万4491円
 上記金額は、原告甲確定申告書(甲1の1枚目)に記載された社会保険料控除の金額19万2660円、生命保険料控除の金額8万1831円及び基礎控除の金額38万円の合計額である。
 なお、原告甲は、扶養親族その他原告甲と生計を一にする親族等を有せず、かつ、上記(1)のとおり、原告甲の総所得金額は500万円を超えていることから、寡婦控除の適用はない(所得税法2条30号参照)。
(3)課税総所得金額(別表1の〔10〕欄の金額) 817万0000円
 上記金額は、上記(1)の総所得金額882万5214円から上記(2)の所得控除の金額の合計額65万4491円を控除した後の金額(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切捨てた後のもの。以下同じ。)である。
(4)納付すべき税額(別表1の〔13〕欄の金額) 124万3100円
 上記金額は、上記(3)の課税総所得金額817万0000円に所得税法89条1項の税率を乗じて計算した金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。以下同じ。)である。
2 原告乙について
(1)総所得金額(別表2の〔1〕欄の金額) 383万3473円
 上記金額は、次の雑所得の金額である。
雑所得の金額 383万3473円
 上記金額は、原告乙が本件権利の承継についての相当の対価として受領した970万円から、原告乙確定申告書(甲2の2枚目)に一時所得の収入を得るための必要経費等として記載された586万6527円を控除した金額である。
(2)所得控除の金額の合計額(別表2の〔5〕欄の金額) 73万2462円
 上記金額は、原告乙確定申告書(甲2の1枚目)に記載された社会保険料控除の金額5万0100円、生命保険料控除の金額3万2362円、寡婦控除の金額27万円及び基礎控除の金額38万円の合計額である。
(3)課税総所得金額(別表2の〔10〕欄の金額) 310万1000円
 上記金額は、上記(1)の総所得金額383万3473円から上記(2)の所得控除の金額の合計額73万2462円を控除した後の金額である。
(4)納付すべき税額(別表2の〔13〕欄の金額) 21万2600円
 上記金額は、上記(3)の課税総所得金額310万1000円に所得税法89条1項の税率を乗じて計算した金額である。
3 原告丙について
(1)総所得金額(別表3の〔1〕欄の金額) 566万2825円
 上記金額は、次のアないしウの各金額の合計額である。
ア 配当所得の金額(別表3の〔2〕欄の金額) 3万5000円
 上記金額は、原告丙確定申告書(甲3の1枚目)に記載された金額である。
イ 給与所得の金額(別表3の〔3〕欄の金額) 426万0000円
 上記金額は、原告丙確定申告書(甲3の1枚目)に記載された金額である。
ウ 雑所得の金額(別表3の〔5〕欄の金額) 136万7825円
 上記金額は、原告丙が本件権利の承継についての相当の対価として受領した323万円から、原告丙確定申告書(甲3の2枚目)に一時所得の収入を得るための必要経費等として記載された186万2175円を控除した金額である。
(2)所得控除の金額の合計額(別表3の〔6〕欄の金額) 157万8920円
 上記金額は、原告丙確定申告書(甲3の1枚目)に記載された社会保険料控除の金額76万8920円、生命保険料控除の金額5万円、扶養控除の金額38万円及び基礎控除の金額38万円の合計額である。
(3)課税総所得金額(別表3の〔11〕欄の金額) 408万3000円
 上記金額は、上記(1)の総所得金額566万2825円から上記(2)の所得控除額の合計額157万8920円を控除した後の金額である。
(4)納付すべき税額(別表3の〔15〕欄の金額) 23万3000円
 上記金額は、次のアの金額から、次のイ及びウの各金額を控除した後の金額である。
ア 課税総所得金額に対する税額(別表3の〔12〕欄の金額) 38万9100円
 上記金額は、上記(3)の課税総所得金額408万3000円に所得税法89条1項の税率を乗じて計算した金額である。
イ 配当控除(別表3の〔13〕欄の金額) 3500円
 上記金額は、原告丙確定申告書(甲3の1枚目)に記載された金額である。
ウ 源泉徴収税額(別表3の〔14〕欄の金額) 15万2600円
 上記金額は、原告丙確定申告書(甲3の1枚目)に記載された金額である。
第2 本件各更正処分の適法性について
 被告が本件各訴えにおいて主張する原告らの各納付すべき税額は、上記第1の1ないし3の各(4)のとおりであるところ、本件各更正処分に係る納付すべき税額は、上記被告主張額と同額であるから、本件各更正処分はいずれも適法である。
第3 本件各賦課決定処分の根拠及び適法性について
 上記第2のとおり、本件各更正処分時いずれも適法であるところ、原告らにおいて、本件各更正処分により新たに納付すべき税額の計算の基礎となった事実に関しては、本件各更正処分前における税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法65条4項の正当な理由があるとは認められない。
 したがって、本件各更正処分により原告甲が新たに納付すべきこととなった税額101万円(通則法118条3項の規定により、1万円未満の端数金額を切り捨てた後のもの。以下同じ。)を基礎として同法65条1項及び2項の規定に基づき計算した金額12万6500円(別表1の〔14〕欄参照。)、原告乙が新たに納付すべきこととなった税額16万円を基礎として同じく計算した金額1万6000円(別表2の〔14〕欄参照。)、原告丙が新たに納付すべきこととなった税額17万円を基礎として同じく計算した金額1万7000円(別表3の〔14〕欄参照。)に相当する過少申告加算税を課すこととした本件賦課決定処分は、適法である。
第4 本件各通知処分の適法性について
 本件各通知処分は、原告らが本件和解金に係る所得は原告らに帰属しないから雑所得の金額は零円であるとする本件各更正請求をしたことに対して、その更正をすべき理由がないとしたものであるところ、本件和解金に係る所得は、原告らに帰属し、雑所得に該当するのであるから、本件各通知処分は適法である。
以上
別表1~3 省略



 

LEX/DBインターネットに関する知的所有権その他一切の権利は株式会社TKCおよび情報提供者に帰属します。