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《書 誌》
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【文献番号】 25495329
【文献種別】 判決/東京地方裁判所(第一審)
【裁判年月日】 平成24年 7月10日
【事件番号】 平成23年(行ウ)第397号
平成23年(行ウ)第763号
【事件名】 無申告加算税賦課決定処分取消請求事件(第397号)、訴えの追加的併合請求事件(第763号)
【事案の概要】 東京国税局長から、豊島税務署長がSに対してした平成18年分の贈与税の無申告加算税の賦課決定処分により贈与者亡Uが負う贈与税の連帯納付義務を相続を原因として承継した旨の通知を受けた、亡Uの相続人である原告らが、被告(国)に対し、本件賦課決定処分の取消しと、本件連帯納付義務の存在を前提として、東京国税局長が原告ら以外の亡Uの相続人であるTに対し滞納処分としてした債権の差押が無効であることの確認を求めた事案において、本件訴えをいずれも却下した事例。
【判示事項】 〔TKC税務研究所〕
  1. 処分の取消しの訴えの目的。
(要旨文献番号:60062390)
  2. 取消訴訟の訴えの利益の存否を判断する際し、私人間の合意を考慮することは許容されるか(積極)。
(要旨文献番号:60062391)
  3. 原告が無申告加算税賦課決定処分の取消しにより利益を享受し、又は不利益を被る地位にあるとは、認められないとした事例。
(要旨文献番号:60062392)
  4. 相続税法8条の規定の趣旨。
(要旨文献番号:60062393)
  5. 相続税法8条の規定が適用される場合。
(要旨文献番号:60062394)
  6. 贈与税の連帯納付義務の法的性格。
(要旨文献番号:60062395)
  7. 連帯納付義務者が他の連帯納付義務者に対する求償権を放棄した場合、放棄を受けた連帯納付義務者が相続税法8条本文の「利益を受けた場合」との要件を満たすことになるか(消極)。
(要旨文献番号:60062396)
  8. 連帯納付義務者が本来の納税義務者に対する求償権を放棄した場合、相続税法8条本文により贈与税が課されることになるとした事例。
(要旨文献番号:60062397)
  9. 相続税法基本通達8-3の(1)及び(2)の定めの趣旨。
(要旨文献番号:60062398)
  10. 行政事件訴訟法36条にいう「法律上の利益を有する者」の意義。
(要旨文献番号:60062399)
  11. 他者に対してされた滞納処分が無効であることの確認を求める訴えが、不適法であるとされた事例。
(要旨文献番号:60062400)
【裁判結果】 却下
【上訴等】 確定
【裁判官】 川神裕 富澤賢一郎 菅野昌彦
【掲載文献】 税務訴訟資料262号順号11994
租税関係行政・民事判決集(徴収関係判決)平成24年1月~平成24年12月順号24-38
【参照法令】 行政事件訴訟法3条
行政事件訴訟法36条
相続税法8条
相続税法基本通達8-3
国税徴収法62条
【全文容量】 約42Kバイト(A4印刷:約22枚)




 《全 文》

【文献番号】25495329  

東京地方裁判所
平成23年(行ウ)第397号 無申告加算税賦課決定処分取消請求事件(第1事件)
平成23年(行ウ)第763号 訴えの追加的併合請求事件(第2事件)
平成24年7月10日民事第2部判決
口頭弁論終結の日 平成24年5月17日

       判   決

原告 A
原告 B
原告両名訴訟代理人弁護士 山川隆久 馬渕泰至 軽部龍太郎
同補佐人税理士 高橋ちぐさ
被告 国
同代表者法務大臣 C
処分行政庁(第1事件) 四谷税務署長事務承継者 豊島税務署長 D
処分行政庁(第2事件) 東京国税局長 E
同指定代理人 F G H J K L M N P Q R


       主   文

1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
1 第1事件
 処分行政庁が平成19年9月26日付けでSに対してした平成18年分の贈与税の無申告加算税賦課決定処分を取り消す。
2 第2事件
 処分行政庁が平成22年4月26日付けでTに対してした滞納処分(債権差押え)は無効であることを確認する。
第2 事案の概要
 本件は,U(平成19年8月28日死亡。以下「亡U」という。)の相続人である原告らが,東京国税局長から,処分行政庁がS(以下「S」という。)に対してした平成18年分の贈与税の無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)により贈与者の亡Uが負う贈与税の連帯納付義務(以下「本件連帯納付義務」という。)を相続を原因として承継した旨の通知を受けたため,本件賦課決定処分には,〔1〕前提となる亡UとSとの間の贈与(以下「本件贈与」という。)の事実が存在しない,〔2〕亡Uは,本件贈与当時,重度の認知症により事理弁識能力を欠いており本件贈与は無効であることを看過した違法がある,などと主張して,本件賦課決定処分の取消し(第1事件)を求め,また,本件連帯納付義務の存在を前提として,処分行政庁が原告ら以外の亡Uの相続人であるT(以下「T」という。)に対し滞納処分として平成22年4月26日付けでした債権(供託金還付請求権)の差押えが無効であることの確認(第2事件)を求めている事案である。
1 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告等(甲3,4)
ア 亡Uは,大正3年○月○○日生まれの男性であり,平成19年8月28日に死亡した。
イ 原告A(以下「原告A」という。)及び原告B(以下「原告B」という。)は,亡UとV(昭和38年5月8日死亡)との間の子である。
ウ 亡Uは,昭和42年3月30日,Tと婚姻し,同人の養子であったW(以下「W」という。)と養子縁組をした。
エ Sは,Wの子である。なお,Sは,平成19年7月25日,婚姻により,その氏を「W」から「S」に変更した。
オ 亡Uの法定相続人は,T,原告A,原告B及びWの4名である(以下,この亡Uの法定相続人4名を「本件相続人ら」という。)。
(2)東京都新宿区α町××番○所在の土地の登記の記載等(甲4)
ア 亡Uは,昭和33年8月25日,売買により東京都新宿区α町××番○所在の土地(以下「本件土地」という。)の所有権を取得した。
イ 本件土地の登記記録の権利部には,〔1〕平成18年4月3日贈与(本件贈与)を原因として、亡UからSに所有権が移転した旨,〔2〕平成20年2月25日売買を原因として,Sから有限会社バンブーチェリーに所有権が移転した旨の各記載がある(以下,〔1〕の記載に係る登記を「本件登記」という。)。
(3)本件賦課決定処分に至る経緯等
ア Sは,平成19年9月3日,四谷税務署長に対し,本件贈与に係る贈与税(以下「本件贈与税」という。)につき,平成18年分贈与税の期限後申告書を提出した(以下,この期限後申告書に係る申告を「本件期限後申告」という。)。(乙1)
イ 四谷税務署長は,平成19年9月26日付けで,Sに対し,国税通則法66条1項及び2項に基づき,本件期限後申告に係る無申告加算税の額を860万9000円,同加算税を納付すべき日を平成19年10月26日までとする本件賦課決定処分をした。(乙2の1及び2)
ウ 東京国税局長は,平成19年12月19日,四谷税務署長から,Sの本件期限後申告及び本件賦課決定処分に係る滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)につき,国税通則法43条3項に基づき,徴収の引継ぎを受けた。(乙3)
エ Sは,平成20年4月21日,東京都新宿区α町××番地から東京都豊島区β×丁目○○番△‐□□□□号に転居した。そのため,本件賦課決定処分の処分行政庁は,四谷税務署長から豊島税務署長となった。 
オ(ア)亡Uは,原告Aが代表取締役を務める株式会社美松堂(以下「美松堂」という。)との間で平成18年9月5日に成立した調停により,美松堂に対して退職慰労金解決金7500万円の支払請求権を有していたが,亡Uの死亡に伴う相続(以下「本件相続」という。)により,Tが当該退職慰労金解決金支払請求権を取得した。(乙4の1及び2)
(イ)美松堂は,平成21年12月15日,上記(ア)の退職慰労金解決金の一部に当たる5250万円及び遅延損害金691万8493円の合計金額(5941万8493円。以下「本件供託金」という。)につき,民事保全法50条5項及び民事執行法156条1項に基づき,Tを被供託者として,東京法務局に供託した(以下,この本件供託金の還付請求権を「本件供託金還付請求権」という。)。(乙5)
カ(ア)東京国税局長は,平成22年3月19日付けで,本件相続人らに対し,それぞれ「納税義務承継通知決議書」を送付した。(乙6の1ないし4)
(イ)原告らに送付された上記各通知決議書(乙6の1及び2)には,〔1〕納税者であるSが納付すべき本件滞納国税の額は,無申告加算税860万9000円,延滞税271万7434円であること,〔2〕本件滞納国税のうち,亡Uが連帯納付義務者として納付義務を負う金額については,相続があったため相続人に納税義務が承継され,本件相続人らがその相続分に対応する税額について納付しなければならないこと,〔3〕現在までに東京国税局において判明した相続分によると,原告らの相続分に対応する連帯納付責任限度額の承継額は各1532万4350円であることなどが記載されていた。
キ 東京国税局長は,平成22年4月14日,本件相続人らに対し,督促状を送付し,本件滞納国税の納付を督促した。(乙7)
ク 東京国税局長は,平成22年4月26日,本件滞納国税を徴収するため,国税徴収法62条1項に基づき,Tに対し,本件供託金還付請求権のうち5250万円を差し押さえ(以下,この差押処分を「本件差押処分」という。なお,原告らは,請求の趣旨2項において,この本件差押処分が無効であることの確認を求めている。),本件差押処分に係る債権差押通知書は,同日,東京法務局供託官に交付送達された。(乙8)
ケ 原告らは,平成22年5月10日付けで,四谷税務署長事務承継者豊島税務署長に対し,本件賦課決定処分の取消しを求める異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした。(乙9)
コ(ア)東京国税局長は,平成22年5月17日,国税徴収法67条1項及び3項に基づき,本件差押処分により差し押さえた本件供託金還付請求権のうち本件滞納国税に相当する金額(1132万6434円)を取立て,本件滞納国税に充当した。その結果,本件滞納国税は完納となった。(乙10の1及び2)
(イ)国税通則法5条は,〔1〕相続があった場合には,相続人は被相続人の納税義務を相続分によりあん分して承継すること(1項・2項),〔2〕相続によって得た財産の価額が同項の規定により計算した国税の額を超える者があるときは,その相続人は,その超える価額を限度として,他の相続人が承継する国税を納付する責めに任ずること(3項)を定めており,Tは,同法5条3項により自己の相続分を超えて本件滞納国税の滞納処分を受けたため,原告らに対して求償権(以下「本件求償権」という。)を取得した。(争いのない事実)
サ 豊島税務署長は,平成22年6月30日付けで,本件異議申立てを却下する旨の異議決定をした。(甲1)
シ 原告らは,平成22年7月27日付けで,国税不服審判所長に対し,上記サの異議決定を経た本件賦課決定処分に対する審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。(甲2)
ス(ア)有限会社松崎ビル(以下「松崎ビル」という。)がTを被告として提起した損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)の控訴審(東京高等裁判所平成21年(ネ)第6094号)において,平成22年11月24日,松崎ビル(控訴人)とT(被控訴人)のほか,利害関係人として,原告ら,W及び美松堂が参加して,裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。(乙16)
(イ)本件和解の和解調書(以下「本件和解調書」という。)には,要旨,次のような条項の記載がある。(乙16)
〔1〕Tは,松崎ビルに対し,本件賦課決定処分が取り消された場合にTが国に対して有することとなる本件滞納国税の過誤納金等の還付請求権を譲渡し,松崎ビルはこれを譲り受ける(和解条項7項)。
〔2〕松崎ビル,T,原告A,原告B,W及び美松堂は,松崎ビルとT間,原告AとT間,原告BとT間,Wと松崎ビル間,Wと原告A間,原告Bと美松堂間及び美松堂とT間において,和解条項に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する(和解条項17項。以下,この清算条項を「本件清算条項」という。)。
セ 国税不服審判所長は,平成23年5月24日付けで,本件審査請求を棄却する旨の裁決をした。(甲2)
(4)本件訴えの提起
 原告らは,平成23年6月24日,第1事件に係る訴えを提起した。(顕著な事実)
2 争点
(1)本案前の争点
ア 第1事件の争点
(ア)連帯納付義務者である原告らは,本件賦課決定処分につき取消しを求めることができるか否か。(原告適格の有無。争点1)
(イ)原告らには本件賦課決定処分の取消しにより回復すべき利益が存するか否か。(訴えの利益の有無。争点2)
(ウ)原告らの訴えは,適法な不服申立てを経ているか否か。(不服申立前置の有無。争点3)
イ 第2事件の争点
 原告らは,滞納処分である本件差押処分が無効であることの確認を求めるにつき法律上の利益を有するか否か。(行政事件訴訟法36条の要件該当性。争点4)
(2)本案の争点
ア 第1事件の争点
(ア)亡Uは,Sに対し,本件土地を贈与したか否か。また,亡Uは,本件贈与当時,事理弁識能力を欠く常況にあったか否か。(本件贈与の事実の存否,本件贈与の有効性。争点5)
(イ)原告らは,本件贈与が不存在又は無効であることを理由として本件賦課決定処分の取消しを求めることができるか否か。(本件贈与の瑕疵が本件賦課決定処分の取消しの成否に与える影響。争点6)
イ 第2事件の争点
(ア)贈与者である亡Uは,相続税法34条4項に基づき,附帯税である無申告加算税及び延滞税の連帯納付義務を負うか否か。(贈与者が連帯納付の責めを負う税目の範囲。争点7)
(イ)本件賦課決定処分時までに贈与者である亡Uが死亡していた本件において,亡Uの相続人である原告らは連帯納付義務を負うか否か。(贈与者の相続人が連帯納付義務を承継する要件。争点8)
3 争点に関する当事者の主張の要旨
(1)争点1(原告適格の有無)について
(原告らの主張の要旨)
ア 連帯納付義務者には本来の課税処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるから,本来の課税処分の取消しによって,これを回復すべき法律上の利益を有する。
イ(ア)本件は,贈与者の亡Uが事理弁識能力を有しないことを奇貨として受贈者であるSが意図的に虚偽の贈与の外観を作出したものであり,本件贈与自体が不存在又は無効である。よって,贈与者と受贈者との間には利害の対立こそあれ,被告が主張する一体性や親近性は皆無であり,受贈者が贈与の不存在や無効を争うことがあり得ない状況の下では,本来の課税処分に係る贈与者の訴権が受贈者によって代理されているということはできない。また,本件賦課決定処分がされた当時,亡Uは死亡しており,原告らとSの関係は極めて希薄であったから,原告らの訴権がSにより代理されているということもできない。
(イ)違法な課税処分であっても,本来の納税義務者が納得している以上,連帯納付義務者がそれを争うことは許されず,納付を余儀なくされると解釈することは極めて不当であり,租税法律主義の観点からも許されない。
 また,法的に見ても,連帯納付義務は,民法の連帯保証債務と同様に附従性を有すると解されているから,この附従性を根拠として連帯納付義務者が本来の納税義務の瑕疵を主張することができることは当然である。そして,本来の納税義務者と連帯納付義務者とが別個に訴訟を提起することにより納税義務についての裁判所の判断が区々になることのおそれに関しては,被告が弁論の併合を申し立てたり,更正処分により適宜対応すべき問題であり,連帯納付義務者による不服申立てや訴訟提起を否定する理由とはならない。
(被告の主張の要旨)
ア 行政事件訴訟法9条1項は,処分等の取消しの訴えは,当該処分等の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分等の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分等の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り,提起することができると定めており,行政処分たる課税処分の取消しを求めることができるのは,その取消しを求めることにつき法律上の利益を有する者に限られる。
イ(ア)相続税法34条4項に規定する連帯納付義務は,贈与税の徴収手続において,当該贈与税の課税原因となった贈与に係る贈与者に,その納付義務を課すものであるところ,贈与が他人間で行われることはまれであり,連帯納付義務者である贈与者と本来の納税義務者である受贈者は親近性が相当程度高く,両者の間に実質的な一体性を肯定しても公平に反しないような利害共通の関係にある。よって,連帯納付義務者の権利救済の面においても,連帯納付義務者と本来の納税義務者の両者は一体に扱われるべきものであり,本来の納税義務者の納税義務の存否についての連帯納付義務者の訴権利益は,本来の納税義務者によって代理されているものと解することができる。また,このように解しても,連帯納付義務者は,本来の納税義務の不存在・無効,自己の納付責任の限度については,連帯納付の徴収手続の段階において違法の主張をして争い得るから,連帯納付義務者の権利救済に欠けるとはいえない。
(イ)連帯納付義務は,本来の納税義務に係る税額の確定と同時に,何らの手続を要することなく生じる義務であるところ,連帯納付義務者に対して本来の課税処分の取消しの訴えの原告適格を認めた場合には,本来の納税義務者である受贈者が当該課税処分に納得しているときでも,贈与者が独自の立場で不服申立てや訴訟提起をする事態が生じる。このことは,贈与税の徴収確保のために,受贈者を本来の納税義務者とする一方,本来の納税義務者と密接な関係のある第三者にその租税債務の履行義務を負担させるという連帯納付義務の制度を設けて特別の法定責任を課した相続税法34条4項の趣旨に反する結果となるし,本来の納税義務者と連帯納付義務者とがそれぞれ同様に不服申立てや訴訟提起を行った場合には,裁判所等の判断に矛盾や抵触が生じるおそれがあり,課税についての法的安定性と国民の予測可能性を確保することが困難となる。
ウ 以上のとおり,連帯納付義務者は,本来の納税義務者に対する課税処分が取り消され,本来の納税義務が減少することにより一定の利益を受けるとしても,その利益は単なる反射的利益ないし事実上の利益にすぎず,本来の納税義務者に対する課税処分の取消しを求めることにつき固有の法律上の利益を有するものではなく,原告適格を有しないと解するのが相当であり,連帯納付義務者である亡Uの地位を本件相続により承継した原告らには本件賦課決定処分の取消しを求める原告適格はない。
(2)争点2(訴えの利益の有無)について
(原告らの主張の要旨)
ア 本件滞納国税を納付したTは,原告らに対し,国税通則法8条が準用する民法442条に基づき,原告ら各自の負担部分に係る求償権(本件求償権)を有しており,原告らが当該求償債務の負担を免れるためには,本件賦課決定処分の取消しを求める以外に手段はない。
イ(ア)確かに,原告らとTとの間では本件和解が成立しており,本件和解の和解条項(以下「本件和解条項」という。)中には債権債務関係を清算する条項(本件清算条項)が存する。しかし,法的安定性の観点からいうと,私人間で一定の合意を行ったり,また,その合意後に当該合意を私人が撤回したりすることにより,税務訴訟上の訴えの利益が消滅したり,復活したりするというような場当たり的な解釈をすべきではない。
(イ)また,本件和解の中で,原告らとTは,本件賦課決定処分は違法であり,取り消されるべき処分であるとの理解の下,取り消された後に還付される過誤納金の取扱いまで定めていることから明らかなように,本件和解は,Tが本件求償権を放棄するとの趣旨でされたものではない。
 したがって,本件和解条項の中に本件清算条項があることをもって,本件求償権が消滅したと解釈し,それにより原告らの訴えの利益が消滅したと結論付けるべきではない。
(ウ)本件和解の中で,原告らとTは,将来,本件賦課決定処分が取り消されることを前提として,本来Tが還付を受けるべき過誤納金を原告ら側に譲渡している。よって,本件和解は,本件賦課決定処分が取り消された場合に原告らが利益を享受する立場にあること,他方,違法な本件賦課決定処分が取り消されない場合に損害を被る立場にあることを定めたものであるということができる。よって,原告らは,本件賦課決定処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有する。
(エ)本件清算条項により本件求償権が放棄されたと解すると,相続税法8条の「対価を支払わないで,債務の免除を受けた場合」に該当し,Tが原告らに求償し得る額については「贈与により取得したものとみな」され,原告らには贈与税が課税される。原告らは,この贈与税の課税を避けるためにも,そもそも本件滞納国税は発生しておらず,本件求償権も発生していないことを主張する必要があるから,本件賦課決定処分の取消しを求めるにつき訴えの利益がある。
(被告の主張の要旨)
ア 東京国税局長は,原告ら以外の連帯納付義務者であるTに帰属する本件供託金還付請求権から本件滞納国税に相当する金額を取り立て,本件滞納国税に充当した結果,本件滞納国税は完納となっており,それと同時に原告らに対するものも含む本件滞納国税の連帯納付義務は消滅している。
イ 原告らは,本件滞納国税に係る連帯納付義務を履行していないから,本件賦課決定処分が取り消されたとしても,原告らに還付金が還付されることはない。よって,原告らと国との関係においては,原告らの連帯納付義務は既に消滅しており,原告らには侵害された又は回復されるべき権利利益は存しないから,原告らには本件賦課決定処分の取消しを求める訴えの利益はない。
ウ 原告らとTとの間には,本件滞納国税の完納後である平成22年11月24日において,本件和解条項に定めるもののほかに債権債務がないことが確認されている。よって,Tが原告らに対して有していた本件求償権は,本件和解の成立により消滅しており,本件求償権の存在をもって原告らに訴えの利益があるとはいえない。
エ 相続税法8条は,「対価を支払わないで,又は著しく低い価額の対価で債務の免除(中略)による利益を受けた場合においては」と規定しているところ,Tが原告らに対する本件求償権を放棄したとしても,本来の納税義務者ではない原告らは何らの利益を受けていないから,同条に基づく贈与税の課税を受けることはない。よって,本件求償権の放棄を原因として原告らに贈与税が課されるとする原告らの主張は誤りである。
(3)争点3(不服申立前置の有無)について
(原告らの主張の要旨)
 国税通則法77条4項ただし書は,正当な理由があるときは,処分があった日の翌日から起算して1年を経過したときも不服申立てをすることができる旨規定しているところ,この正当な理由とは,不服申立制度の全体の目的及び法的安定性の要請を考慮し,そのような例外を認めることが社会通念上正当であるとするような理由を意味する。
 本件は,〔1〕受贈者が贈与に関する虚偽の外観を作出した事案であり,贈与者の相続人である原告らに本件贈与の事実は秘匿されていたこと,〔2〕本件賦課決定処分がされたのは,贈与者の死亡後であるため,相続人である原告らは,贈与者を通じて本件賦課決定処分を知ることができなかったこと,〔3〕原告らは,受贈者側の一族と本件相続につき争っており,本件賦課決定処分の存在を教えてもらえる余地は皆無であったこと,〔4〕処分行政庁が原告らに納税義務承継通知決議書を送付したのは,本件賦課決定処分から2年6月経過後であり,原告らが1年の除斥期間内に異議申立てができなかったのは,専ら処分行政庁の側に原因があったといえることなどの事情がある。
 これらの特殊事情が存在する本件においては,違法な課税処分を前提とする徴税行政の安定と能率よりも時期に遅れたことに何ら責めのない原告らの権利救済が重視されるべきであり,例外を認めることが社会通念上正当であることは明らかであり,国税通則法77条4項ただし書の正当な理由が認められる。
(被告の主張の要旨)
ア 国税に関する法律に基づく処分で不服を申し立てることができるものの取消しを求める訴えは,異議申立て等の不服申立てを経由した後でなければ,提起することができない。そして,この不服申立てを経由したというためには,当該申立てが適法なものでなければならず,仮に,不服申立てに対する審査において,不適法な不服申立てを却下せずに実体的な判断がされたとしても,不服申立ての要件を充足したとはいえない。
イ(ア)本件において,原告らは,本件賦課決定処分がされた平成19年9月26日から1年以上が経過した平成22年5月10日に,四谷税務署長事務承継者豊島税務署長に対し,本件賦課決定処分に対する本件異議申立てを行っており,本来の納税義務者であるSに対する本件賦課決定処分の通知があった日から1年を経過している。
 よって,本件異議申立ては,国税通則法77条4項に定める不服申立ての除斥期間である1年を経過してされたものであり,不服申立期間の要件を満たさない不適法なものである。
(イ)国税通則法77条4項ただし書は,正当な理由がある場合には,なお不服申立てをすることができると定めているが,この正当な理由とは,同条3項のやむを得ない場合より狭い概念であると考えられており,不服申立制度全体の目的及び法的安定性の要請を考慮しても,そのような例外を認めることが社会通念上正当であるとするような理由であるとされている。
 原告らは,贈与者及び受贈者の親族であるから,不服申立期間内に不服申立てを行うことを期待することができない特段の事情が存したとまでは認められないから正当な理由があるとはいえない。よって,原告らの不服申立ては不適法であるといわざるを得ない。
(4)争点4(行政事件訴訟法36条の要件該当性)について
(原告らの主張の要旨)
 本件において実際に本件差押処分を受けたのはTであるが,原告らも本件差押処分の原因となった本件滞納国税の連帯納付義務者とされたことに変わりはなく,単にTが代表して滞納処分である本件差押処分を受けたにすぎない。
 国税徴収法の趣旨及び目的に鑑みると,同法によって何らの手続保障が手当てされていない本件のような事案における原告らには,本件差押処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益があるというべきである。
(被告の主張の要旨)
 本件差押処分は,本件滞納国税を徴収するため,Tが有する本件供託金還付請求権を差し押さえたものであり,本件差押処分の効力は,第三債務者である東京法務局供託官及び滞納者(連帯納付義務者)であるTに対しては及ぶものの,原告らには及ばない。よって,原告らは,本件差押処分により損害を受けるおそれがある者とはいえない。
 また,東京国税局長は,本件差押処分に係る本件供託金還付請求権の一部を取り立て,本件滞納国税に充当した結果,本件滞納国税は完納となっている。したがって,現時点においては,国税徴収法による滞納処分としての本件差押処分が存在しないことは明らかであり,本件差押処分に続く処分が行われることはないから,原告らが本件差押処分に続く処分により損害を受けるおそれがあるということもできない。
 以上によれば,原告らは,本件差押処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であるとはいえない。
(5)争点5(本件贈与の事実の存否等)について
(原告らの主張の要旨)
ア 本件贈与の事実の存否
 本件贈与の事実をうかがわせるものとしては本件登記しかないが,本件登記ではTが亡UとSの登記申請代理人となっており,これは,本件登記がTの意思によって行われたことをうかがわせる。亡Uは,登記委任状及び登記原因証明情報のいずれについても自署しておらず,亡Uの実印が押されているが,この実印は,当時,Tが所持していたため,実印の押印をもって,亡Uの贈与の意思を推認することはできない。
 本件登記の申請においては,登記済証を紛失した旨の申請がされているが,上記登記済証は,亡Uが会長を務めていた美松堂の会長・社長室の金庫に保管されていたのであるから,登記済証を紛失したとして登記申請がされていることは,本件登記の申請が亡Uの意思に基づくものではないことを示している。また,本件登記の申請では,亡Uの意思確認の手続が執られているが,その回答欄の亡U名義の署名は亡Uが自署した署名と筆跡が異なっている。
 以上のとおり,本件登記の申請は,亡Uの意思に基づくものではなく,本件贈与の事実をうかがわせるものは何もない。
イ 亡Uの事理弁識能力
 亡Uは,平成14年頃から記銘力低下や失見当識が見られるようになり,同18年頃から認知症が顕在化しており,本件贈与がされたとする平成18年4月当時は,重度の認知症により本件贈与を行うに足りる事理弁識能力を有していなかった。よって,仮に,亡Uが,Sに対し,本件贈与の意思表示をしたとしても,本件贈与は無効である。
(被告の主張の要旨)
争う。
本件贈与のされた平成18年4月当時,亡Uが事理弁識能力を欠く常況にあったとは認められない。
(6)争点6(本件贈与の瑕疵が本件賦課決定処分の取消しの成否に与える影響)について
(原告らの主張の要旨)
 原告らは,本件贈与税の申告者ではないから,法定の更正の請求という手続で過誤の是正を求めることができず,しかも,本来の納税者であるSが更正の請求をすることも期待することができない。原告らは、本件賦課決定処分につき,法定の不服申立ての方法を経ており,被告が主張するような法定の手続以外の方法を主張しているわけではない。
 そもそも,租税債務,納税義務が成立するには,課税要件事実を充足する必要があり,外観ないし形式によれば,課税要件に該当するような事実が存在するように見える場合であっても,実体ないし実質に立ち入ってみるとそれが存在しないという場合には,当該課税要件は充足していないものと考えなければならない。 
 よって,本件贈与については,虚偽であることが客観的に明白かどうか,重大かどうかという基準で判断するのではなく,真実の法律関係を吟味すべきである。
(被告の主張の要旨)
 贈与税は,納税者のする申告によりその国税についての納付すべき税額が確定することを原則とするものであるところ,本件贈与税の納税義務者であるSは,平成19年9月3日,本件贈与税に係る本件期限後申告を行っているのであるから,本件期限後申告により,本件滞納国税は確定し,存在していることは明らかである。
 申告納税制度の下においては,申告書の記載内容の過誤の是正は,その錯誤が客観的に明白かつ重大であって,修正申告や更正の請求のような特別の法定の手続以外の方法による内容の是正を許さないと納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がない限り,上記の法定の手続以外の方法で記載内容の錯誤を主張することはできないと解すべきである。本件においては,申告書の記載についての錯誤が客観的に明白かつ重大であるとはいえず,上記の特別の法定の手続以外の方法による内容の是正を許さないと納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとはいえないから,原告らは本件賦課決定処分の取消しを求めることはできない。
(7)争点7(贈与者が連帯納付の責めを負う範囲)について
(原告らの主張の要旨)
 相続税法34条4項は,贈与税の連帯納付義務を規定しているが,附帯税である無申告加算税及び延滞税についての連帯納付義務までは規定しておらず,贈与者に対して附帯税の連帯納付義務を課す法的根拠は存しない。
 特に,無申告加算税については,納税者の行うべき申告及び納付義務の履行につき国税に関する法律の適正な執行を妨げる行為又は事実に対する防止及び制裁措置と考えられており,贈与税の本税とは性質を異にする税であるところ,連帯納付義務者には贈与税の申告権限すらないのであるから,相続税法34条4項の「贈与税」の中に無申告加算税を含め,贈与者に無申告加算税の連帯納付義務を負担させることは許されない。
(被告の主張の要旨)
 争う。
(8)争点8(無申告加算税の賦課決定時までに贈与者が死亡していた場合の連帯納付義務の帰趨)について
(原告らの主張の要旨)
 本件滞納国税の連帯納付義務は,本件賦課決定処分により成立確定するものであるところ,本件賦課決定処分の時点で既に贈与者である亡Uは死亡していたから,相続税法34条4項の「財産を贈与した者」は存在しないことになり,その課税要件を満たさず,本件滞納国税の連帯納付義務は成立確定していない。したがって,原告らが本件相続により連帯納付義務を承継することもない。
 なお,連帯納付義務制度は,納付義務者に過大な負担をさせる特別の法的責任であるから,「財産を贈与した者」につき,贈与者の法定相続人まで含めるような拡大解釈が許されないことはいうまでもない。
(被告の主張の要旨)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点2(訴えの利益の有無)について
(1)本件賦課決定処分の取消しを求める原告らの訴えは,行政事件訴訟法3条2項に定める処分の取消しの訴えに該当するところ,この処分の取消しの訴えの目的は,違法な行政庁の処分がされ,処分の法的効果により個人の権利又は法律上保護されている利益(以下「法律上の利益」という。)が侵害されている場合に,その被害者からの訴えに基づいて上記の処分を取消し,その判決の効果によって法律上の利益に対する侵害状態を解消させ,その法律上の利益の全部又は一部を回復させることにあると解される。
(2)そこで,以下,原告らに本件賦課決定処分の取消しを求める訴えの利益,すなわち,本件賦課決定処分が取り消されることにより回復すべき法律上の利益が存在するか否かにつき検討する。
ア 前記前提事実及び証拠(乙9)並びに弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(ア)Sが納付すべき本件滞納国税の額は,平成22年3月19日の時点で,無申告加算税860万9000円及び延滞税271万7434円の合計1132万6434円であった。(前提事実(3)カ)
(イ)国税徴収法67条は,国税の徴収職員は,差し押えた債権を取り立てることができ(1項),徴収職員が金銭を取り立てたときは,その限度において,滞納者から差押に係る国税を徴収したものとみなす(3項)と定めている。
(ウ)東京国税局長は,平成22年4月26日,本件滞納国税を徴収するため,本件供託金還付請求権の一部に当たる5250万円を差し押さえ(本件差押処分),同日,本件差押処分に係る債権差押通知書は,第三債務者である東京法務局供託官に交付送達された。(前提事実(3)ク)
(エ)また,東京国税局長は,平成22年5月17日,本件差押処分により差し押さえた本件供託金還付請求権のうち本件滞納国税相当額(1132万6434円)を取り立てた。この東京国税局長の取立てにより本件滞納国税は完納となった。(前提事実(3)コ(ア))
(オ)原告らは,本件滞納国税に係る連帯納付義務を履行していない。(争いのない事実)
(カ)Tは,国税通則法5条3項により自己の相続分を超えて本件滞納国税の滞納処分を受けたため,原告らに対して求償権(本件求償権)を取得した。(前提事実(3)コ(イ))
(キ)松崎ビルとTを当事者とする別件訴訟において,平成22年11月24日,裁判上の和解(本件和解)が成立した。本件和解には,松崎ビルとTのほかに,利害関係人として原告ら,W及び美松堂が参加した。そして,松崎ビル,原告ら及び美松堂には,本件訴訟の代理人も務める弁護士山川隆久,同玉利誠一及び同軽部龍太郎(以下「原告ら代理人」という。)が代理人として関与し,T及びWには,弁護士安村俊己及び同天田圭介が代理人として関与した。(乙16)
(ク)本件和解の和解調書には,〔1〕本件賦課決定処分が取り消された場合,Tは,松崎ビルに対し,過誤納金等の還付請求権(以下「本件過誤納金還付請求権」という。)を譲渡する,〔2〕原告らとTとの間には,本件和解条項に定めるもののほか何らの債権債務がないことを相互に確認するなどの条項が記載されている。(前提事実(3)ス)
(ケ)Tは,本件和解成立日から現在に至るまで,原告らに対し,本件求償権に係る債務の履行を求めていない。(弁論の全趣旨)
イ 上記の各認定事実によれば,本件賦課決定処分により原告らが連帯納付の責めに任ずることとされた本件滞納国税は,Tに対してされた滞納処分により原告らにおいては何らの経済的負担をすることなく完納となっており,その結果,原告らが今後現実に履行の責めを負う可能性も消滅したこと,また,本件和解の成立により,原告らがTから本件求償権に係る債務の履行を求められることもなくなったことが認められる。そうすると,原告らは,本件賦課決定処分により経済的負担を課された結果,自己の法律上の利益を侵害されたということも,今後連帯納付義務又は本件求償権に係る債務の履行を求められることにより自己の法律上の利益を必然的に侵害されるおそれがあるということもできないことになるから,本件滞納国税が完納となった後も原告らの法律上の利益が侵害されるおそれがあることを根拠付ける特段の事情がない限り,原告らは,本件賦課決定処分の取消しを求める訴えの利益を欠くことになると解される。
ウ(ア)この点に関し,原告らは,本件賦課決定処分の取消しを求める訴えの利益を原告らが有していることの根拠として,〔1〕私人間で成立した和解により訴えの利益の有無が左右されると解することは相当でない,〔2〕本件和解は,Tが本件求償権を放棄する趣旨でされたものではない,〔3〕本件和解は,本件賦課決定処分が取り消されることを前提としているため,原告らは,本件賦課決定処分が取り消された場合に利益を享受し,その反面,処分が取り消されない場合に損害を被る立場にある,〔4〕本件和解により本件求償権が放棄されたとした場合には,原告らは,Tから債務の免除を受けたことになり,相続税法8条に基づき贈与税の課税を受けることを挙げる。そこで,以下では,これらの原告らの主張の当否につき検討することとする。
(イ)私人間の和解により取消訴訟の訴えの利益の有無が左右されると解することは相当でないとの主張(上記(ア)〔1〕の主張)について
 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟における原告適格と訴えの利益につき定めた規定であるところ,同条1項は,取消訴訟を提起することができる者は,当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限るとし,同法10条は,取消訴訟においては,自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができないとする。
 これらの取消訴訟の訴えの利益等に関する行政事件訴訟法の規定によれば,取消訴訟の訴えの利益は,当該取消訴訟の原告が置かれた具体的な状況に照らして,当該原告において,取消訴訟を維持・追行することを正当化する法律上の利益があるか否かを問題とするものであると解される。そして,行政事件訴訟法上,原告適格又は訴えの利益を画する「法律上の利益」の有無を判断するにつき,その消滅の原因が私人間の合意に基づく場合を考慮の対象から外す旨を明らかにした規定は存しない上,上記のとおり,取消訴訟における訴えの利益は,当該訴訟の原告につき処分を取り消すことにより回復される法律上の利益が存するか否かという個々人の個別的利益の有無に着目した主観的な問題であると解されることによれば,訴えの利益の存否を判断する際に私人間の合意を考慮することは当然に許容されると解される。
 よって,本件において,原告らに本件賦課決定処分の取消しにつき訴えの利益があるか否かを判断する際にも,原告らとTとの間でされた本件和解の内容を考慮の対象とすることは可能であり,本件和解により本件賦課決定処分の取消しに係る訴えの利益が左右されると解することは相当でないとする原告らの主張は採用することができない。
(ウ)本件和解は,Tが原告らに対して本件求償権を放棄する趣旨でされたものではないとの主張(上記(ア)〔2〕の主張)について
 上記ア(キ)のとおり,本件和解は,松崎ビル及びTを当事者とし,原告ら,W及び美松堂が利害関係人として参加して成立した裁判上の和解である。
 裁判上の和解は,紛争の当事者間に事実関係又は法律関係の争いがある中で,紛争解決のために双方が互譲し,和解成立時において,和解条項に定める限りで一定の法律関係等を確認・確定しようとするものであり,和解調書の記載は確定判決と同一の効力を有するために法的安定性が求められることによれば,和解条項の解釈に当たっては,特別の事情のない限り,文理に従い,かつ,条項の全体を統一的に解釈すべきであると解される。
 そこで,このような観点から本件和解条項をみてみると,上記ア(ク)のとおり,本件清算条項は,原告らとTとの間に当時存在した債権債務関係を包括的に清算する趣旨の文言が用いられており,本件清算条項その他本件和解条項の記載の中には債権債務関係の清算対象から本件求償権を除く趣旨をうかがわせる記載は見当たらない。そして,上記ア(エ)のとおり,本件和解成立前にTに対してされた滞納処分は終了していることや,本件和解条項の中にはTが松崎ビルに本件過誤納金還付請求権を譲渡する旨の記載があることによれば,本件和解は本件滞納国税が完納となったことを前提としていると考えられ,にもかかわらず,本件清算条項の中に本件求償権を除外して和解する旨の記載がないことは,本件和解成立時に本件求償権を除外して和解する意思がなかったことを推認させる事情であるということができる。
 また,上記ア(キ)のとおり,本件和解は,本件異議申立ての代理人も務め,本件賦課決定処分や本件差押処分等の本件滞納国税に関する事情も把握している弁護士(原告ら代理人)が関与して成立に至っているのであるから,仮に,原告らが主張するように,本件求償権を除外して債権債務関係を清算する趣旨で本件和解が成立したのであるとすれば,原告ら代理人において,本件求償権を除外して債権債務関係が清算されたことが明らかになるような記載が本件和解条項の中でされていたものと考えられる。
 さらに,証拠(甲6,17,乙18,19,21ないし25)及び弁論の全趣旨によれば,本件相続人ら,松崎ビル及び美松堂の間では,亡Uの死後長期にわたり同人の遺産等をめぐって法的紛争が続いていたことが認められ,本件和解条項を全体としてみると,本件和解は,これらの当事者間に存在する一切の権利義務関係を将来に向かって不可分的かつ全体的に変更し,確定させ,紛争の一切を解決することを目的としてされたものであると考えられる。
 以上の本件和解条項の文理,本件和解に至る経緯に加えて,Tが,現在に至るまで,原告らに対し,本件求償権を行使しようとした様子はうかがわれないことも併せ考慮すると,本件和解の成立により本件求償権は放棄されたと認められ,他にこの認定を覆すに足りる証拠は存在しない。
 以上によれば,本件和解は本件求償権を放棄する趣旨でされたものではないとする原告らの主張は採用することができない。
(エ)原告らは,本件賦課決定処分の取消しにより利益を享受し,又は不利益を被る地位にあるとの主張(上記(ア)〔3〕の主張)について
 上記ア(ク)のとおり,本件和解の中で,Tが本件過誤納金還付請求権を譲渡した相手方は,原告らではなく松崎ビルであるから,本件賦課決定処分が取り消された場合に還付される過誤納金等は松崎ビルに帰属することになる。
 よって,原告らは,本件賦課決定処分が取り消されることにより利益を享受する立場にあるとはいえず,他に,本件賦課決定処分の取消しにより原告らが利益を享受する立場にあることを認めるに足りる証拠は存在しない(なお,弁論の全趣旨によれば,原告Aは,松崎ビルの代表取締役であることが認められるが,松崎ビルは,原告Aとは異なる法人格を有する法人であるから,原告Aが松崎ビルの代表取締役であることをもって,原告Aにつき本件賦課決定処分の取消しにより回復すべき法律上の利益が存するといえないし,同様に,原告らが松崎ビルの株主であること(乙30)をもって,原告らにつき本件賦課決定処分の取消しにより回復すべき法律上の利益が存するといえないことも明らかである。)。
 また,上記(ウ)で認定したとおり,本件和解は,本件和解時に存在した原告らとTとの間の債権債務関係を包括的に清算する趣旨のものであるから,本件賦課決定処分が取り消されなかったとしても,本件清算条項が有効に存在する以上,原告らがTから何らかの請求を受けるおそれがないことも明らかである。そして,本件過誤納金還付請求権の譲渡につき定める本件和解条項7項が「無申告加算税賦課決定処分が取り消された場合」という条件が付された記載になっているのも,本件賦課決定処分の取消しの成否にかかわらず,本件和解は有効に成立させる意思を本件和解の関係者が有していたことを示すものであると解される。
 以上によれば,原告らは,本件賦課決定処分の取消しにより利益を享受し,又は不利益を被る地位にあるとする原告らの主張は採用することができない。
(オ)原告らは,本件求償権の放棄を受けることにより贈与税を課税されることになるから本件賦課決定処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有するとの主張(上記(ア)〔4〕の主張)について
 相続税法8条本文は,対価を支払わないで,又は著しく低い価額の対価で債務の免除,引受け又は第三者のためにする債務の弁済による利益を受けた場合においては,当該利益を受けた時において,当該利益を受けた者が,当該利益を受けた時における当該利益の価額を当該利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす旨を定めている。
 これは,法律的には贈与によって財産を取得したものとはいえないが,そのような法律関係の形式とは別に,実質的にみて贈与を受けたのと同様の経済的利益を享受している事実がある場合に,租税回避行為を防止するため,税負担の公平の見地から,その取得した経済的利益を贈与によって取得したものとみなして贈与税を課税することとしたものであると解される。このような相続税法8条の趣旨に鑑みると,同条に基づき贈与税を課税されることになるのは,〔1〕贈与により財産が移転した場合と同様の実質的な経済的利益の移転があり,〔2〕その取得した経済的利益に対して贈与税の課税をすることが租税回避行為を防止し,税負担の公平の見地から相当である場合に限られると解される。
 このような観点から本件につきみてみると,本件和解の成立により原告らが履行を免れたのは,贈与税の連帯納付義務者相互間に発生した求償権の行使に係る債務であるところ,この贈与税の連帯納付義務については,〔1〕相続税法が贈与税の徴収の確保を図るため贈与者に課した特別の責任であり,本来の納税義務者が負担する納税義務と連帯納付義務の関係は,民法上の主たる債務と連帯保証債務の関係に類似しているため,連帯納付義務者がその義務を履行した場合には,本来の納税義務者である受贈者に対して求償権を行使することができること,〔2〕連帯納付義務者のうち自己の負担部分を超えて義務を履行した者は,他の連帯納付義務者に対して求償権を行使することができるが,その場合にも求償を受けた連帯納付義務者は,本来の納税義務者に対して更に求償することができること,〔3〕連帯納付義務者は,本来の納税義務者とは異なり,贈与した財産の価額を限度として連帯納付の責めに任ずるにすぎないことなどの特徴を有し,民法上の連帯債務とは性質を異にするものであると解される。
 このような贈与税の連帯納付義務の性質等に鑑みると,連帯納付の責任は,納税義務者の範囲を拡大するものではなく,贈与税の徴収の確保を図るため,贈与者に特別の履行責任を課すものであると解され,贈与税の連帯納付義務者は,本来の納税義務者(受贈者)と異なり,国に対して租税債務自体を負っているとはいえないものと解されるし,義務を履行した場合には本来の納税義務者に求償権を行使することができる。
 そうすると,自己の負担分を超えて納税したことにより他の連帯納付義務者に対して求償権を取得した連帯納付義務者が,当該求償権を放棄したとしても,当該他の連帯納付義務者は租税債務を負担していなかったのであるし,求償権を取得した連帯納付義務者には本来の納税義務者に対する求償権がまだ残っているのであるから,求償権を放棄した連帯納付義務者と求償権の放棄を受けた連帯納付義務者との間で,贈与と同様の実質的な経済的利益の移転があったとは認められず,相続税法8条本文の「利益を受けた場合」との要件を満たさないものと解される。
 また,Tは,原告ら亡Uの相続人に対してだけでなく,本来の納税義務者であるSに対しても求償権を取得しているところ,TがSに対してもその求償権を放棄した場合には,Sは,国に対して負っていた租税債務を免れるという利益を受けたことになるから,相続税法8条本文により贈与税を課税されることとなる。原告らの主張を前提とすると,Tが原告らとSの双方に対して求償権を放棄した場合には,原告らとSの双方を義務者として贈与税が課税されることになるが,このような結論は,実質的に同一の課税原因による贈与税の課税を許容するものであり,租税回避行為を防止するため,税負担の公平の見地から,その取得した経済的利益を贈与によって取得したものとみなすという相続税法8条の趣旨に反するものであると解される。
 そして,相続税法基本通達8―3の(1)及び(2)が,求償権の放棄を受けた連帯債務者や主たる債務者につき贈与税が課税される旨を述べているのは,連帯債務者や主たる債務者には,第三者に請求することのできない最終的な自己負担分があるため,求償権の放棄を受けることにより当該負担分につき,贈与と同様の実質的な経済的利益の移転があったとみなすことが可能であるからであると解され,連帯債務者や主たる債務者の置かれた法的地位は,最終的に負担を負う租税債務が帰属していない連帯納付義務者のそれとは異なると解される。
 以上によれば,本件求償権の放棄により原告らが贈与税を課税されることはないから,この点に関する原告らの主張は採用することができない。
(3)以上(1)及び(2)で説示したところによれば、原告らに本件賦課決定処分の取消しにより回復すべき法律上の利益の存在は認められず,他に,原告らに本件賦課決定処分の取消しにつき訴えの利益があることを認めるに足りる証拠は存在しない。
 よって,本件賦課決定処分の取消しを求める原告らの本件訴えは,その余の点を判断するまでもなく,不適法であるから却下を免れない。 
2 争点4(行政事件訴訟法36条の要件該当性)について
(1)行政事件訴訟法36条は,無効等確認の訴えは,当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で,当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り,提起することができると定めており,ここで,「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解される(最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁)。
(2)ア これを本件についてみるに,前提事実(3)ク及び証拠(乙10の1及び2)によれば,本件差押処分に係る滞納者はTであり,差押えの対象とされた債権(本件供託金還付請求権)の第三債務者は東京法務局供託官であるから,国税徴収法62条2項により本件差押処分の法的効力が及ぶのはT及び東京法務局供託官であり原告らではない。
 この点につき,原告らは,実際に本件差押処分を受けたのはTであるものの,原告らも本件差押処分の原因となった本件滞納国税の連帯納付義務者であるから,単にTが代表して差押処分を受けたにすぎず,Tが本件差押処分を受けたことをもって,本件差押処分の無効の確認を求める利益に欠けるところはない旨の主張をする。
 しかし,贈与者の死亡に伴う相続により連帯納付義務を承継する各相続人は,原則として,所定の相続分によりあん分して計算した額の国税の納税義務を負い(国税通則法5条1項),同条3項の要件を満たさない限り,自己の負担分を超えて他の相続人が承継した国税の納税義務を負わないから,連帯納付義務者の相続人の一人に対してされた差押処分の効力が当然に他の相続人にも及ぶということはできず,連帯納付義務者の相続人の一人が滞納処分を受けた場合につき,他の相続人を代表したとみることは困難である。
 また,この点をおくとしても,上記1で認定したとおり,本件滞納国税は,東京国税局長による本件供託金還付請求権の一部の取立てにより完納となっているから,本件差押処分及びそれに続く滞納処分は既に終了したということになり,原告らに本件差押処分に続く処分により損害を受けるおそれがあるとは認められない。
 そして,原告らは,本件滞納国税の完納につき何らの経済的負担もしていない上,原告らとTとの間では,Tが原告らに対して有していた本件求償権が放棄されているから,本件差押処分がされたことにより原告らの法律上の利益が侵害され,その状態が継続しているともいえない。
イ 以上によれば,原告らが本件差押処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるとは認められないから,Tに対してされた滞納処分が無効であることの確認を求める原告らの訴えは,行政事件訴訟法36条の規定する要件を満たさず,その余の点を判断するまでもなく,不適法であるから却下を免れない。
第4 結論
 以上の次第で,本件各訴えはいずれも不適法であるから却下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 川神裕 裁判官 富澤賢一郎 裁判官 菅野昌彦


 

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